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『キッチン』だけは次元が違う

吉本ばななさんの著作を暗記するほど読み返して早10余年のアラサーニートが、彼女のそれぞれの著作について紹介していくコーナー。

ラストスパートに差し掛かってきましたが、スピードはどんどん落ちてます。

他作品について書いた過去の記事はこちらのマガジン↓からどうぞ。

そんなこんなで今回は、ついにとうとうようやくやっとこちらを紹介します。

最後までとっておいたりしたらプレッシャーがすごいことになる、と気づいたのでこのへんでやっつけちゃいます。

いや、やっつけようとなんかしたら倍返しがかえってきそうな作品です。

吉本ばなな『キッチン』(福武書店、1988年)

言わずもがな、吉本ばななの代表作かつ処女作。世界中で翻訳されています。

読んだことある人も多いと思いますが、さっき生まれた人に紹介するつもりで書きます。

唯一の家族であった祖母が亡くなり、途方に暮れていた”みかげ”。そんなとき突然、”雄一”が「一緒に住まないか」とやって来る。どこかで見たことのある青年だ。言われるがままにその家へ上がると、どこからともなくとんでもない美女が現れ、去っていった。それが彼の”父”・”えり子”だと紹介を受け、みかげは呆気にとられながらも居候生活をスタートさせる。その家のキッチンが、とても良い場所だったから。

普段、この連載を書くときは
「あれ、主人公の名前の漢字なんだったかな」とか
「終盤、どういうしめくくりだっけ」くらいは読み返すんですが、全くその必要がありません。

わたしにとってジブリの「耳をすませば」くらい、和尚さんにとってのお経くらい、噺家さんの十八番くらい、ほぼ完璧に頭に入っています。

耳すまは例えにならないか。

地図上では

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こういうことにしてますが、正確に言うなら、

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こういう感じです。

ブッ飛んでる。浮いてる。この作品だけ次元がおかしい。

ばなな作品を全部読んで、この作品に戻ると、ヘッ???? ってなる。

ハッとするとか、ホッとするじゃない。「ヘッ????」

本当に『キッチン』は吉本ばなな著作なんですか??

と、世界が知る Kitchen/Banana Yoshimoto に疑いをかけそうになってしまう。

文章のキレがすごい。スピード感がすごい。
それでいて、深夜の台所のブーンという音を聞く孤独な気持ちとか、えり子さんの香水のにおいとか、孤独な都会の夜だとかの、繊細な描写もおそろしく巧み。匠の技。

この世には――きっと、悲しいことなんか、なんにもありはしない。なにひとつないに違いない。
(吉本ばなな『キッチン』より)
目の前の二人があまりに淡々と普通の親子の会話をするので、私は目まいがした。「奥さまは魔女」みたいだ。不健康きわまりない設定の中で、こんなに明るいんですもの。
(同上)
私はどうしようもなく暗く、そして明るい気持ちになってしまって、頭を抱えて少し笑った。そして立ち上がり、スカートをはらい、今日は戻る予定でいた田辺家へと歩き出した。
神様、どうか生きてゆけますように。
(同上)

24歳。

吉本ばなな 24歳です。

すごいことすぎて、すごいです。
”彗星のごとく”というよりもはや隕石激突、当時小説を書いてたすべての人間がドカンとやられたことでしょう。

わたしは世にもあたたかな短編集『体は全部知っている』でばななデビューし、二冊目に手に取ったばなながこれでした。
同情されてしかるべきだと思います。

■雄一と植物

ばななさんの小説にはよく植物に詳しい人物が登場しますが、デビュー作からしてそうだったんですね。

今作では”雄一”が突然”みかげ”の目の前に現れて、しばらくうちに来ないかと言ってくるところから物語が始まります。

あ、ヘンテコネームもデビュー作からですね。

彼は、おばあちゃん行きつけの花屋さんでアルバイトをしている青年でした。

植物について詳しい人を見ると、優しくて静かで、少し神経質で、残酷な印象を受けます。

より多くの命を気にかけて生きてる感じがするからでしょうか。

雄一もまたそうした性格を持っている青年でした。
変わった育ちをしてきた雄一。家族のいないみかげにシンパシーを感じたのか、母親との総意ということで彼女を家に招きます。

■えり子さん

えり子は雄一の実の父親。妻の死後すぐさま性を変え、夜の街で働き、一人で息子を育ててきました。

整形や化粧や派手な衣装を差し引いても圧倒的な魅力を持つ彼女こそ、なんといってもこの物語のキーパーソンです。

男子学生とオカマ。
そんなふたりが暮らす家に秩序はまるでありません。

起きて活動する時間帯は当然ばらばらだし、ダイニングテーブルはないのにでっかいソファーがあったり、思いつきでとつぜん電化製品を買ってきたり、夜中に引越しハガキを作りだしたり……

そんなおかしな生活になじみ始めた頃、みかげはある夢を見ます。

ここで出てくる菊池桃子「二人のNIGHT  DIVE」。このシーンを思い返すと同時にふわっとよみがえる、しんとしたいい曲です…よければあわせて聴いてみてね。

普段わたしは、小説に出てくる音楽とか映画とかを追わないんですが(自分の中に完成してるイメージをひとつ損なう気がして)、この曲だけは思い切って聴いてみてよかった、と思います。


突然ですが『キッチン』の中でわたしの好きなシーンベスト3~~~!!パフパフ~~~

第3位!
えり子さんがジューサーを買って帰ってくる場面!

第2位!
みかげが夢を見て起きる場面!

第1位!
出だしの1ページめ。

…夢の場面が1位じゃないんかい。なんで今始めたんだい。菊池桃子さんまで出しといて。

もう出だしの良さはあらゆる人があらゆるところで語っていて、きっと読んだことない人でも書き出しを知ってるほどだと思うので省きます。


■キッチン2

たとえ読んだことがなくても、読書好きな方なら「吉本ばなな」×「キッチン」という語はセットでご存じかと思うのですが、

その「キッチン」にパート2があるというのは、知らない方も多いのではないでしょうか。

この本のもくじには、
「キッチン」「満月―キッチン2」「ムーンライト・シャドウ」という、3タイトルが並んでるんです。(以下、「満月」と書きます)

”続編”といっても、読んだことがある人なら「満月」までを含めて「キッチン」と認識している人がほとんどでしょう。第二章みたいなものです。

ものすごくうがった視点から説明するなら、

「キッチン」はみかげ・雄一・えり子さんが静かに孤独を見つめる【静】のお話、

「満月」は、みかげと雄一がもう一段階 先に進む【動】のお話、といったところです。


居候先を見つけ、そこでおかしな親子に見守られながら、祖母の死に向き合うという作業を終えたみかげ。

彼女は「満月」の冒頭ではすでに居候生活を終え、アパートを借り、料理の勉強を経て、料理研究家のアシスタントという職に就いています。

わたしなら、そんな大変な変化を遂げるのに4年はかかる…と想像しちゃうんですが、その間なんと半年足らず。

春におばあちゃんが死んで、雄一らとともに夏を過ごし、この「満月」が始まるのは秋。

雄一は変わらず大学生活を送っている…はずでしたが、真夜中に突然、彼から電話がかかってくるのでした。

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これ以上は何も書きたくないので、読んでください。

胸は引き裂かれ、人間同士のぶつかり合いがあり、すれ違いが起こり、傷を負い、カツ丼を食らい……

きわめて強烈な続編です、心して読みましょう。


…よく言われることですが、家の電話と公衆電話しかない時代の恋って、ドキがムネムネしますよね……

私を公衆電話フェチたらしめた作品でもあります。

■ムーンライト・シャドウ

「キッチン」「満月―キッチン2」は第一章、第二章という関係でしたが、この「ムーンライト・シャドウ」は独立した一作品です。

こちらはあらすじだけ紹介するにとどめます。

わたしこう見えて(?)、小説を読んで泣いたことってそんなにないんですが、この作品を読むと十中八九泣いてしまいます。もう100回くらい読んでるのに。

朝のジョギング中、川にかかる橋のところで、不思議な少女”うらら”と出会った”さつき”。彼女はさつきに「この川で100年に1度の見ものがある」と告げる。さつきは恋人を事故で亡くしたばかり。そして彼の弟の”柊”は兄と恋人をいっぺんに亡くし、ふたりは共に各々の絶望と闘っていた。最悪なコンディションのさつきに、川が見せた景色とは…

家族や恋人を失う小説はばなな作品だけでもたくさん読んでるのに、やっぱりこれだけはほかと比べ物にならない。つんざくように心に響きます。
若い人にしか書けない文章の力みたいなものなんでしょうか。

■こんな時に読みたい

力をもらいたいとき
親しい人の死について思うとき
背筋を伸ばしたいとき

わたしは読むとシャキッとなります。
くたびれてやさぐれたときなんかに(それがデフォルトみたいな性格ですけど)読むと、ちょっと心がしっかりするというか、冷水で顔を洗ったあとみたいに、大丈夫になります。

癒しというより、静かなパワーをもらえる感じです。


ああ。『キッチン』を書いてしまったらひとつ肩の荷が降りた。


また次回!

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吉本ばななとジブリが好きです。|1992年3月9日生まれ・専業主婦・宮城県仙台市在住・神奈川県横浜市出身