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ジャルジャルがタンバリンを30秒長く鳴らした修学旅行の夜

初めてジャルジャルを観たのは、14年前のことだ。関西ローカルで毎年放映される「オールザッツ漫才」という番組で、トーナメント戦に出場する若手コンビの1組だった。
この番組は深夜に5時間ぶっ続けで生放送されるという性質上、観客の反応が非常にシビアなことで有名だ。ウケないネタには本当にしんと場が静まり返って、観ているこっちが震えてしまう。そんな緊張感に包まれた環境で、何度ネタを披露しても爆発的な笑いを起こしていたのが、当時はダークホースとされたジャルジャルだった。
中でもそのとき衝撃を受けたのが、「しつこいひったくり」というネタである。内容はこうだ。

男が道を歩いていると、突然ひったくりに襲われる。男は抵抗する。ひったくりはカバンを奪おうとする。抵抗する。奪おうとする。抵抗する。奪おうとする。抵抗する。奪おうとする。抵抗する。奪おうとする。

ただ、それだけ。本当にタイトル通り、ただひたすら、ひったくりがしつこいだけ。なのに気づけば、僕は涙を流しながら笑っていた。ひったくりがしつこければしつこいほど、マイクが反響するみたいに笑いが増幅されていった。それは新しい体験だった。なんで笑ってるのか理由がわからない。だけど面白い。
そんな風にしてとんとん拍子でトーナメントを勝ち上がっていったジャルジャルは、しかし決勝戦で家庭教師と生徒がお互いの腕をしつこく食べ合う「ハンドイートマン」という謎のネタを披露して普通に負けた。そんなところも含めて、強烈な印象が僕の中に残った。

それからすっかりジャルジャルにハマって、テレビに出たときは必ずチェックするようになった。初めてお笑いライブを見に行ったのも、初めてファンクラブに入ったのもジャルジャルだった。相変わらずネタはずっとしつこくて、キングオブコントでおばさんに対して4分間「オバハン」と囃立てるだけのネタを披露した時は、ネット上で大きな議論を呼んだ。

そのころになっても僕は一体ジャルジャルのどういうところが好きなのか、自分でもうまく説明できなかった。世間では「シュール」「尖っている」という評価を受けたりしていたが、そうとも思えなかった。だって僕には、そういう高度な笑いを解するセンスは全然ないから。でもジャルジャルには腹を抱えて笑うことができた。

その謎が解けた気がしたのは、2017年のM-1グランプリで披露された「校内放送」のネタだった。様々な校内放送のパターンに対して、指定された通りのツッコミを行うという一種のゲーム。継ぎ目なく高速で喋り続けるさまは、とてつもない練習量と緻密な計算に支えられているように思えた。ただ同時に、僕はまた別の感想を抱いた。

この人たち、めちゃくちゃ楽しんでる。

それは新鮮な驚きであり、腑に落ちた瞬間でもあった。ジャルジャルの2人は、この大舞台で、このゲームを純粋に楽しんでいる。そしてこれこそが、僕がジャルジャルを好きな理由ではないか。その後横浜で開かれた「超コント」というイベントに参加したときに、その印象は確信へと変わった。

ライブでは観客にカードが配られ、キーワードを記入するように指示された。ジャルジャルは集まったカードをランダムに引いて、組み合わせた言葉をお題として即興コントを行う。出来上がったのは「野生の駅」に「ネイティブな牛若丸」、「未知の子煩悩」など10を越えるお題。てんでバラバラでめちゃくちゃだ。ここからどんなコントが作れるのか、まるで想像もつかない。だがジャルジャルはその全てに対して、観客から驚嘆の声があがるほどの、見事な即興コントをやり遂げたのだ。それはシュールをてらったものでも、緻密に計算されたものでもなかった(計算する時間なんてなかったのだから。)
2人はただ楽しそうに、まるで遊んでいるかのように、その場でコントを創り上げていた。その楽しさがこちらにも伝わってきて、自然と笑いがこぼれてしまうのだ。

実際に、ジャルジャルはインタビューでこう述べている。

「修学旅行の夜のテンション」ですね。あの、妙にツボに入る感じというか、何をしても面白くてはしゃいでしまうような。僕達がやってることって高校生の時からほんまに変わらない。

ああ、そうだ。あれは修学旅行の夜、何をやっても楽しい煌めく瞬間。ジャルジャルのしつこさの原点には、その「ノリ」があったのだ。だからこそ好き嫌いがはっきりと別れるのかもしれない。そういうノリを楽しんできた人と、そうでない人がいるだろうから。

そして僕は後者だった。

中学高校と友達はあまりいなくて、修学旅行にも良い思い出は全くない。ただそうやってはしゃいでいる同級生を尻目に、一人で布団を頭から被っていた。あんな風に自分もなれたら、どんなに楽しいだろうか。無関心を装いながら、うらやましさと悔しさで布団をぎゅっと握り締めた。

僕がジャルジャルを好きなのは、あの時はしゃげなかった夜を取り戻そうとしているのかもしれない。ジャルジャルのコントを見続けていると、楽しくふざける2人の輪に、まるで自分も入れたみたいな気がするのだ。だからしつこければしつこいほど、ツボに入って笑ってしまう。いつまでも続く修学旅行の夜に、布団の外へ出て騒ぎ続ける。

2020年。前年の大晦日に行われた「108本ネタをやる」という9時間ライブに参加して以来、お笑いライブに行ける機会は少なくなってしまった。(ちなみにそのライブでは9時間ずっと笑っていて、頭がおかしくなりそうだった。)

だがそんな状況下でも、ジャルジャルは必ず毎日一本YouTubeにコント動画を上げてくれた。本当に毎日、淡々と。それがどれほどすごいことなのか僕には想像もつかないが、自粛期間が続く中で、毎晩上がる動画はささやかであり、大いなる楽しみであった。「ジャルジャルのネタのタネ」というタイトルからもわかるように実験的なネタも多くて、ネタ作りの過程をみているような感覚も味わうことができる。

中でも最近ぶっちぎりで好きだったのが、5月5日に公開された「空き巣するのにタンバリン持ってきた奴」というネタだ。

タイトルの時点で「あ、最高だ」と悟ってしまったのだが、内容はごくシンプルだ。空き巣をするのにタンバリンを持ってきてしまったおかしな後輩が、タンバリンを鳴らしまくる。先輩は静かにしろと注意をするが、後輩はタンバリンを鳴らし続ける。注意する。鳴らす。注意する。鳴らす。

しつこい。

最後はもう後輩が床に寝転がって、まるで駄々をこねるようにしてタンバリンをかき鳴らす。結局先輩は空き巣を諦めて、後輩を放って逃げ出してしまう。その変わらないしつこさが、僕にはやっぱりツボに入ってしまうのだ。

そうして迎えた、昨日のキングオブコント。これまで数々の大会で決勝戦に進出したジャルジャルは、しかし14年前のオールザッツと同様に、肝心の決勝ネタ選びが苦手と指摘されていた。だから今回の大会でも、決勝にどんなネタを持ってくるのか、注目が集まっていた。

ファンの間では、今回の決勝にはあの「空き巣するのにタンバリン持ってきた奴」がくるのではという憶測が飛び交っていた。最近のジャルジャルの動画の中でも人気が高かったし、4分間という尺も番組にぴったりだ。
僕はといえば、この大好きなネタを決勝でみたいと強く願いながらも、一方で少し怖くもあった。5月にあがった動画はあくまでネタのタネ、言うなればプロトタイプだから、当然内容は修正されるだろう。そうなったら、どこまであの「修学旅行の夜のしつこさ」は残るだろうか。ネタを進化させて優勝して欲しいし、でも同じネタを披露して欲しい。身勝手なファンのわがままな妄想は、どちらの選択肢も捨て去ることができなかった。

結論から言うと、決勝では予想通り「空き巣するのにタンバリン持ってきた奴」が披露された。そしてそこには、やはり多くの変更点が組み込まれていて、特有のしつこさは減っているような印象を受けた。ちなみに変更点は以下の3つだ(細かいので読み飛ばしても大丈夫です。)

1. 後輩のキャラがYouTubeでの「頭おかしい奴」から「ドジだけど可愛いげのある奴」に変わっている。冒頭の「僕も早く先輩みたいになりたいです!」という無垢なセリフから始まって、なんだか愛着が湧いてしまう存在だ。先輩も最後に彼を見捨てることなく、「お前みたいに可愛い奴を放っとけるか」と言いながら助けに来る。

2. 後輩はタンバリンだけではなく、笛も持ってきている。また苦労して開けた金庫にもなぜかタンバリンが入っている。結果YouTubeでは1つしか出てこなかった楽器が、笛とタンバリン合わせて4つ登場する。

3.「後輩が駄々をこねるようにタンバリンを鳴らし続ける」という後半のシーンがなくなった。これにより癖のあるしつこさは減った印象を受けた。

これらの進化によりコントはさらに魅力を増して、周知の通りジャルジャルは見事優勝した。本当におめでとうございます!
内容が変わったことには勝手にほんの少しの寂しくなったが、やはり優勝は嬉しい。ナレーターに「13年連続というしつこすぎる出場」と称されたコンビは、ネタのタネに花を咲かせ、ついに栄冠を手にした。

翌朝。目が覚めてもまだタンバリンのシャリンシャリンという音が頭から離れなかった。もう一度観たくなって、5月にYouTubeで公開された動画と、キングオブコントの録画を交互に再生する。するとどこかに違和感を覚えた。「しつこさを減らして万人に受け入れられた」とする自身の拙い分析に、疑問を持ち始めたのだ。

その疑問は、タンバリンの鳴る長さにあった。最初キングオブコントをみたときは「しつこくタンバリンを鳴らす場面が減ってるなあ」という印象を受けたのだが、もう一度見返してみるとそうでもない。むしろこれ、ずっと鳴らしていないか?
いてもたってもいられなくなった僕は、ストップウォッチを片手に「同じ4分間のうち、タンバリンが鳴っている合計時間」を計測し、それぞれ比較することにした。

結果はこうだ。

・5月に上がったYouTubeのネタ:1分45秒
・キングオブコントのネタ:2分15秒

やはりそうだ。キングオブコントで流れたネタの方が、タンバリンの鳴る時間が30秒も長い。一見しつこさを捨てたかに見えたこのネタは、むしろそれを増して進化していた。

その原因は後輩のキャラの変更にあった。5月の動画では後輩は頭のおかしいキャラで、静かにしろと注意する先輩によく反抗していた。一方、キングオブコントのネタではそのくだりは全て削られている。そしてその分、後輩がタンバリンを鳴らす時間が実は増えていたのだ。だがそれが可愛いげのある後輩のキャラも相まって、流れるように自然にコントの中に溶け込んでいた。テンポの良い応酬が続く中で、30秒も長くタンバリンを叩いていたなんてちっとも気づかなかった。

僕は震えた。ジャルジャルは元ネタを薄めるどころか「タンバリンを鳴らす後輩と、それを注意する先輩」という基本構造を何重にも強化した。その結果、癖のあるしつこさを前面に押し出すことはなく、しかしその裏ではしっかりとしつこく、しつこくタンバリンを鳴らし続けていたのだ。そして誰よりもその音色を楽しんでいたのは、やっぱり他ならぬジャルジャル自身だったんじゃないだろうか。

何度目かわからない動画をまた再生する。気づけば僕はすっかりツボに入って、14年前ジャルジャルを初めて観たときみたいに笑っていた。腹を抱えて、タンバリンが長く鳴った30秒に深い感謝と期待を抱いて。

きっとこの30秒が意味するのは、まだまだ終わらない修学旅行の夜を共に過ごせるということだ。

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