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ひと夏の人間離れ、410字、毎週ショートショートnote



僕は久しぶりに親友の雄介の部屋に行った。
「お前、夏の間、見なかったな」

僕は苦笑いを浮かべながら、雄介に話した。
「信じてもらえないと思うが、この夏、僕は人間じゃなかった」

梅雨明けに突然、体が軽くなり何もかもが変わった。気がつくと、僕は小さな蚊になっていた。

最初は楽しかった。小さな身体で広い世界を飛び回ることができた。血が欲しくなった。強烈な渇望で、誰かの皮膚に針を刺したくて仕方がなくなる。最初に人間の皮膚に触れた瞬間、暖かくて甘い血の味が身体中に広がった。あの瞬間、蚊としての本能が完全に目覚めた。

けれど、毎日が恐怖だった。いつか誰かに叩きつぶされるかもしれないという恐怖と戦いながら生きた。仲間たちが次々と人間に殺されるのを見て、僕もいつか同じ運命を辿るんじゃないかと怯えていた。

しかし、仕方がないことだった。

僕は、雄介の首筋にかじりついた。生き残ったものだけが吸血鬼になる、僕たち吸血鬼の成人の儀式。ひと夏の経験。

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