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僕とヒロカズと別荘お泊まり会①

高2の夏休み、進学校だった僕の高校の中でも随一のお嬢様・ヤギちゃん(仮名)の別荘に、
1年時のクラスメイト40名全員で1日お泊まりする計画が持ち上がった。

僕は参加を断っていた。
特に何があるという訳でもなかったが、男女大勢参加という時点で正直面倒臭く、
何より夏休みは『YouTubeに大量違法アップロードされている笑い飯のネタの文字起こしをする』、
『最近買った「吉本超合金」と「紳竜の研究」のDVDを擦り切れるまで観まくる』、
『X JAPANのSilent Jealousyのギターを完コピする』という予定三本柱を立てていたので、
その予定を1日でも崩されるのが癪、というのが大きな理由だった。

だが蓋を開けてみると、夏の大きな大会が目白押しのタイミングだったこともあり、
運動部メンバーが根こそぎ不参加という予期せぬ事態が起こった。
参加するのは帰宅部の男子5名、女子10名。全40名の半分以下。
お泊まり会の人数としてはこれでも十分多いのだが、少しばかり問題があった。
参加する男子全員が、普段女子と余り関わりを持たない、静かでシャイなメンバー達だったのだ。

これに頭を抱えたのが企画発起人であり女子中心メンバーのアイちゃん(仮名)でありレイナ(仮名)で、
「このままだと全然盛り上がらない会になってしまう!」という焦りからか、
僕は二人からの『マジで頼むから大空だけでも参加してくれ』という猛烈な直談判を受け、
渋々参加することに決めた。
ただこのままでは僕の負担とんでもないぞと思い、男子帰宅部かつ不参加組のタカキ(仮名)やナカゾノ(仮名)を誘い、
既に一橋大学合格に向けて邁進していたタカキには丁重に断られたものの、何とかナカゾノという仲間を一人引き込むことに成功し、お泊まり会当日を迎えることになる。

当日朝。おもろまち駅のロータリーに停まった、「那覇国際高校1年5組」の紙がでかでかと貼られた貸切マイクロバスに乗り込み出発した。
この日を迎えるギリギリまで、僕は女子とシャイ男子組のパイプ役をやらされ、今のようにグループLINEが無かった時代に
あらゆる連絡の橋渡しをしていたせいで(何で男子ってあんな返信遅いんでしょうね!)、
朝の段階で既に疲れ切っていた僕は、無事全員が時間通りバスに乗れた時点で「よし!仕事終わり!」となり、
いの一番に眠りについた。しかしすぐさまトモコ姉さん(仮名)に見つかり、首の皮をつねり上げ起こされたかと思えば、
せっかく後方の良い席を陣取って寝ていたのにも関わらず前方真ん中の補助席に座らされ、
挙句、女子が考えてきたゲームやら心理テストやらに率先して参加する役回りを押し付けられた。

移動中は終始女子陣のテンションが異常に高く、「そんな感じなら別に俺いらんかったやん!」となりつつも、
3時間ほどバスは走り、ようやく本島北部にあるヤギちゃん別荘に到着した。

そこには、お城と見紛うほど立派な門と、その奥に広がる南国の木が生い茂った巨大な庭、
そして瀬底島を望む真っ白なビーチに下りられるデッキを設えた、
地上3階地下1階のとんでもない豪邸があった。ヤギちゃんの父が開業歯科医だと紹介を受け、皆なるほどと納得した。

勿論、大きい別荘とはあらかじめ聞いていたものの(40名全員でのお泊まりを企画出来るくらいなので)、
想像をいとも簡単に超えるその大きさに、
ただでさえ高かったテンションが更に上がる女子達。
普通にテンションが上がって眠気が吹き飛ぶ僕とナカゾノ。
後ろの方で静かに盛り上がっているシャイ男子組。

このシャイ男子組の中の一人に、ヒロカズ(仮名)はいた。
見た目は沖縄人の中でもかなり濃い方で、余りに濃すぎて
沖縄にいても中東系の交換留学生と勘違いされるくらいの風貌。
僕と彼は仲が良く、後にコピーバンドを結成するほどだったのだが、
彼はたまに、いわゆる”ちょっとズレた”発言をして周りをポカンとさせることが玉に瑕だった。

この”超豪邸別荘に沸き立つクラスメイトと、皆に喜んでくれて嬉しいヤギちゃん”という状況下に及んでもそれは相変わらずで、
彼は別荘を見て開口一番、

『この前テレビで中尾彬が沖縄に持ってる別荘紹介してたけど、ここの3倍ぐらいあったよ!(笑)』

と、まあまあの声量で口走った。

前置きとして、友達である僕がここで強く言っておきたいのは、確実に、彼には悪気が無いということだ。
ただただこの広い別荘を見て、”この前テレビで観た中尾彬の別荘”を思い出しただけであり、
思い出したから単に口にしただけなのだ。

普段から女子とも平気で遊ぶようなキャラならいざ知らず、
男友達といる時さえ、周りからイジられるようなタイプではなかった彼のその発言は、
誇らしげなヤギちゃんの顔からほんの一瞬笑顔を奪い、
大盛り上がりする女子達の間に一瞬の静寂を走らせ、
「おい!みんなが感動してる時に何ちゅうこと言うねん!」的な救済のツッコミを誰からも受けることなく、
本部町の美しい海の波音に静かに消えていった。

門をくぐり20mほどの石畳を進んだ先にある玄関で、ヤギちゃんの父が待っていた。
「ようこそ皆さん、いつもヤギちゃんと仲良くして下さってどうもありがとうございます。」
高校生の僕ら相手にも懇切丁寧に、恰幅の良い腹を90度近くまで折り曲げ、深々とお辞儀をしてくれた。
こちらこそこんな人数でお邪魔してすみません、と僕らもとにかく全員ペコペコして挨拶をした。
「じゃ、大人がいたら楽しめないだろうから、私は出ていきますね。家にあるものは何でも全部使って良いからですからね!
何かあったらケータイに連絡して下さい!じゃあ!」
とだけ残して、そそくさと出ていった。余裕のある大人の貫禄をまざまざと見せつけ、(おそらく)高級車で足早に立ち去った。

別荘に入るとまず、全員でルームツアーが始まった。
何十畳あるかわからないリビングスペースに巨大な一枚板の木製テーブル、
正面にはパブリックビューイング会場でしか見ないような大きさのテレビ、
右へ進むと海を一望できるガラス張りの和室、
左へ進むと王女が寝るようなキングサイズの天蓋付きベッドがある寝室、
その隣にもう一つ部屋があり、工芸品が沢山並んだガラス棚と、そこにもまたキングサイズのベッド。
その他にも大きなキッチン、ピアノ、高級ソファ、ホテルのようなバスルーム、トイレ2つに、外からは見えなかった中庭。
これが1階。
2階にもキッチン、そしてDVDが何百本と並びリクライニングソファが鎮座するシアタールーム。
3階には客間だろうか、1階に比べると小さいが、それでも普通の家にしては十分広い寝室が数部屋あった。
そして極め付けが地下1階で、そこはワンフロアブチ抜きでカラオケルームになっていた。
BOSEの天井スピーカーが何機も吊るされ、マイクも4本あった。
僕はそこで、人生で初めて人の家にデンモクがあるのを見た。
カラフル照明こそ無く、ソファーも普通サイズのものがL字型に置かれてるだけだったとはいえ、
間違いなく今まで行ったカラオケの中でダントツの広さだった。

ひっきりなしに全員の歓声とケータイのシャッター音が響く、そんな中。

『写真撮っても自分の物になるわけじゃないんだから、撮っても意味ないだろ!(笑)』

ヒロカズが、写真を撮っている同じシャイ男子組のワタルくん(仮名)をいじっていた。
ワタルくんは照れ笑いしながら「あ、いや、でも・・すごいから・・・」とモゴモゴしていると、流石に女子から
「何を写真撮ろうが自由だもんねーっ!ワタルはこのライオンの置物が気に入って写真撮りたいと思ったんだもんねーっ!」と
幼稚園児をあやす先生みたいな喋り方でフォローが入っていた。
何度も重ねて言うが、ヒロカズには一切の悪気は無い。

一通り内見が終わると、皆持参したサンダルに履き替えて目の前のビーチに降りていった。
観光客が集まるビーチとは離れていたため周囲には我々だけしかおらず、さながらプライベートビーチの様相だったので、
気兼ねなく全員でバレーをしたり水遊びをしたり、ジャンケンで負けたやつを砂浜に埋めて遊んだりした。
ヒロカズは一番仲良しのトミナガくん(仮名)を連れて海じゃなく近くの森に行っていた。
ヒロカズには一切の悪気は無い。

昼食(何を食べたか覚えていない)を済ませ、夕方までは各々で過ごした。
引き続き海で遊ぶグループ、シアタールームでホラー映画を見るグループ、
男子全員と女子数人は、1階リビングにこの世の全てのゲーム機があったので、
男女対抗で「ONE PIECE グランドバトル2」大会や
「トマラルク」(hydeがプロデュースした全然売れなかったレースゲーム)対決をして過ごした。
この時間は男女分け隔てなく、割と波風も立たず平和に過ぎた。嵐の前の静けさだった。

そして問題の時間がやってくる。

夕方。男女に分かれて夕食のカレーやおかずを作る事になり、
女子は1階のキッチンでカレールーとその他おかず数品、
男子は2階のキッチンでごはんと、同じようにおかず数品を作る事に決まった。

ここでヒロカズの大立ち回りが炸裂する。

久々の男子だけの空間に緊張が解れたのか、
ワタルくんやトミナガくんの飲み水のコップに穀物酢を入れるというイタズラをしては、半ば呆れられながら怒られていた。
ヒロカズ本人は「何でよ!健康に良いんど、酢って!(笑)」と、声が殆ど裏返りながら喋る彼独特の発声でケラケラ笑っては、
何度もしつこく、無理やり入れようとするという謎の穀物酢ノリを続けていたが、
“ごはん担当”だった彼が遂に、米を炊く内釜に水ではなく穀物酢をドバドバ入れ始めた時は、
ナカゾノが流石に「女子も食べるやつなんだから!マジでいい加減にしろよ」とブチ切れて止めていた。
今改めて考えても、穀物酢の何がそんなに面白かったのかわからない。
その後も、皆が包丁で切ったおかずの具材を横から盗っては、米が入った釜に投げ入れるというイタズラを暫く続け、
その度にナカゾノにキレられて渋々戻すというのを繰り返していた。
ナカゾノ参加してくれて本当にありがとうと心から思った。

食材を用意するにあたり、無洗米ではない普通のお米を買ってきていたのだが、
ヒロカズは米を水で浸した内釜を、くじ引きの箱からくじを引くような程度だけサーッと軽く混ぜたかと思えば、
『こんなもんでしょ!』と言って炊飯器に入れ炊飯ボタンを押してしまった。
僕は驚いて「ちょっとちょっと!それ無洗米じゃないよ?」と言ったものの彼は、
『大丈夫大丈夫!炊飯器に入れれば一緒だから!』という謎理論で一蹴。
シンノスケくん(仮名)も思わず「お米研いで、水も入れ替え何回かしないと、まずくない?」と心配したものの
『そのくらい大丈夫でしょ!ていうか、”ごはん担当”に意見するとまた酢入れるぞ?(笑)』という、
穀物酢ヤクザの一面をチラつかせて威嚇した結果、
皆「あぁ、もう何言っても聞かないや・・。俺たち注意したからね。知ーらない。」というダンマリモードに入ってしまい、
そのあとはヒロカズがとにかく楽しそうに、ワタルくんを一方的にイジり続けることで調理時間は過ぎた。

そして遂に、運命の夕食時間を迎える。



②へつづく。

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