『学園祭』6

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 学校祭2日目の今日も耕輔たちの通う高校は大盛況であった。
 「はぁ……なんで俺、今日もウェイターやってんだ……」
 耕輔が小さく呟いた。
 耕輔は自分のクラスの喫茶店で昨日に引き続きウェイターをやっていた。
 本来であれば耕輔の出番は1日目と3日目で、2日目は丸々遊べたはずだったのだが――
 「アンタが昨日サボったからでしょ」
 耕輔の目の前にいた坂本が乱暴に耕輔の持つお盆の上にコーヒーとカップケーキを乱暴に載せながら言い放った。
 ギロリ、と鋭い目つきで有無を言わせない圧があった。
 
 昨日、学校祭の一日目、最初にウェイターを任されていた耕輔は生徒会長有村夕夏によって半ば強引に連れ出され、その仕事を全うできなかった。
 それらは全校生徒、更には近隣住民を巻き込むほどの大事件であり耕輔は彼らを救ったわけだが、当然それらは秘匿され周知されるようなことは無いわけで、耕輔はクラスの手伝いを公然とサボったことになったわけである。
 その上、その日のうちに瞬く間に校内に広まってしまった『とある噂』のせいで耕輔を庇うものの居ない四面楚歌状態に陥ってしまっているのが、状況の悪化に拍車をかけた。

 曰く、大人気の生徒会長有村夕夏がウェイター姿の後輩宇野耕輔とデートしていた。
 
  校内に噂が広まったあと、諸々を終えて教室に戻った耕輔を目を限界まで釣り上げた坂本が出迎えた。
 耕輔はそのまま教室で開かれた緊急の裁判にかけられ、四面楚歌状態の中でその噂が出回っていることを訊かされた。
 そういえば会長がそんな言い訳を使っていた気がする。
 思い出して、ブワリと背中にびっしりと冷や汗が出始めた。
 夕夏は校内で男女問わず大人気なわけだが、特にその美しい容姿から学年問わず男子からの支持が厚い。
 恐る恐る、耕輔は助けを求める様にクラスの同性の友人たちに目を向けた、が誰もかれもその瞳は殺意すら感じるほどだった。
 結果、教室内で行われた裁判は耕輔のボロ負け。
 賛成九割超、反対一割未満という大差で、その日の残りの時間、2日目の午前と夕方、3日目の午後の仕事をすることが言い渡された。
 あまりにもあまりな教室の雰囲気に、耕輔は反論をすることさえできなかった。

 そんな経緯から耕輔はこうしてクラスの手伝いにいそしむことになったのであった。
 これだけでもトホホと泣きたいところだが、当然のように耕輔の受ける被害はそれだけに留まる訳もなかった。
 宇野耕輔はその程度の男ではない。
 人を殺せそうな目つきの坂本から逃げる様に耕輔はお盆をテーブルに運ぶ。
 教室の中央、一番目立つ席に耕輔に注文を付けた終始むくれ顔のお客様が座っていた。
 「遅いよ!! お兄ちゃん!!」
 「ごめんごめん、聖花」
 耕輔は聖花のテーブルに注文のコーヒー(ミルクと砂糖たっぷり)とカップケーキを丁寧に置く。
 このコーヒーとケーキは耕輔の奢り(坂本に相談したが睨まれて、まけてくれなかったため)なのだが、聖花はむくれ顔のままだった。
 耕輔の妹様は昨日からずっと機嫌が悪い。

 昨日の事件、表の功労者が夕夏と耕輔であれば、裏の功労者にして最大の功労者が宇野聖花であった。
 学校の周辺地域を巻き込むほど巨大な魔法陣、最後に発動せず、夕夏が耕輔をぶん投げるような状況に陥らなかった理由、それは聖花が魔法陣に素早く干渉したからだ。
 夕夏との会話で赤崎がその違和感に気付いた。
 赤崎はすぐに自分が感じていたFPの流れの違和感を解析し、その原因を突き止めた。
 魔法系FP能力によって事態が進行していることも突き止めた辺りで赤崎が犯人のグループに追われ始める。
 赤崎は犯人たちから逃げながらも、魔法系FP能力者であり、対抗手段を持てそうな宇野聖花を校内から探しだして協力を仰いだ。
 赤崎は現在の状況やわかっている情報を簡潔に伝えると、聖花の承諾も待たずに去っていた。
 お互いに犯人達から受けるリスクを最大限回避するためだ。
 首謀者の目が夕夏と耕輔、協力者達の目が赤崎に向いている現状で、接触を最小限に抑えて別々に行動すれば聖花に対する警戒は最小限に抑えられると考えたのだろう。
 結果、事は赤崎の思惑通り進んでいく。
 赤崎は犯人達の追跡から逃れながら体育館へ向かう。
 夕夏が全力で戦えていない事を予想して、聖花を魔法陣の解除に向かわせた事を夕夏に伝えるために。
 その手段として、赤崎は友人である久我の伝手で体育館のステージから大音量のマイクを使ったのだった。
 一方で聖花は赤崎から一方的に伝えられた情報に対して、ほんの少しの疑いといいように扱われているような気がする憤りを感じ、文句を漏らしながらも友人や教員からの制止を振り切って、全速力で校舎外へ向かっていった。
 嘘でも本当でも人の命が関わっている以上、聖花は行動しないわけにはいかない。
 聖花に対する警戒が緩んでいたこともあり、すぐに魔法陣を描いている線の位置まで移動できた。
 が、此処までくれば流石に犯人達も聖花の存在を無視するわけにはいかない。
 二人組の魔法使いとの戦闘になった。
 瞬時に魔法陣を輝かせた二人組に対して聖花の取った選択は単純明快、逃げの一択。
 聖花は相手よりも早く魔法陣を展開、短い呪文で発動させた。
 周囲のFP(魔法使い的に言いかえれば魔力、またはマナ)を攪乱する小規模かつ低威力、そしてとにかく発動速度の早い魔法。
 FPが聖花によってかき回された影響で二人組の魔法陣の発動が遅れ、その間に聖花は巨大な魔法陣に触れられる位置まで到達。
 聖花は二人組が目晦ましのようなものだと理解していた。
 実力の程は知らないがこの状況でわざわざ聖花の目の前に出てきているのは、つまり聖花の意識を魔法陣から離すために違いないからだ。
 聖花は巨大魔法陣に左手で触れて、瞬時に介入の魔法回路を挟み込む。
 あとは先ほど使ったFP撹乱の魔法に、先ほどよりもFPを強めに込めて発動させるだけだった。
 巨大な魔法陣はその内部回路から自壊を始め、大気のFPに還っていった。
 最後、巨大な魔法陣の発動を阻んだのは紛れもなく魔法使い宇野聖花であった。
 余談になるが、聖花が魔法発動のトリガーに呪文を使っているのに対し、犯人達が魔法陣のみを用いていたのは単純に魔法の系譜が違うからである。

 その後、そのFPのほぼ全てを巨大な魔法陣に費やしていた犯人達は大した抵抗も出来ないまま赤崎や聖花以外も含めた耕輔の仲間がすぐに捕らえたのだった。
 聖花は、自身の功績を胸にルンルン気分で校舎に戻ることになった。
 兄の役に立った、褒めてもらえるという一心だった。
 丁度、耕輔とは午後から学校祭を一緒に回る約束をしていた。
 そこで目一杯相手してもらおう、と考えながら校舎を歩いていると何やら不穏な噂を耳にした。
 『大人気の生徒会長有村夕夏がウェイター姿の後輩宇野耕輔とデートしていた。』
 大方、犯人を追うために夕夏が嘘を吐いたのだろう、という事はすぐに分かった。
 わかった、が納得するわけはなかった。
 これは耕輔に問い詰めなければならない。
 心の奥から湧き上がる使命感に燃えながら耕輔の教室に向かう。
 しかし、其処でもまたうまくいかなかった。
 聖花が想像していたのは噂を知ってか知らずか呑気に自分を暖かく迎えてくれる兄の姿であったが、実際に目にしたのはクラスの仕事に追われる兄の姿だった。
 『お兄ちゃん!! 何してる――』
 『あ!! 聖花!! 済まん、今日は帰り迄このままになった……!!』

 ――聖花はむくれた。
 

 「ごめんって聖花」
 「ふーん……!!」
 隣を歩く耕輔から聖花は露骨に顔を逸らした。
 なんとか一時的にクラスから解放された耕輔は昨日相手できなかった聖花と学校祭を歩いていた。
 しかし聖花の機嫌は直らず、わざとらしく音を口に出しながらそっぽを向かれてしまう。
 聖花の態度に耕輔は苦笑いするしかなかった。
 この後、母とも合流するのだが困ったなぁ、と思っていると背後から声が掛かった。
 「宇野君」
 短い言葉だったが、周囲も一斉にその言葉の主の方へと目を向けたのが分かった。
 「あ……会長。お疲れ様です」
 「うん、お疲れ様」
 有村夕夏は昨日の疲れを一切感じさせないような爽やかな笑顔で答えてくれた。
 きっと『協会』との事後処理もあって、耕輔の数倍は大変なのだろうがソレを感じさせないのが彼女の魅力だ。
 耕輔は周囲の視線が集まっていることと隣の義妹が威嚇する猫のような目で夕夏を睨んでいることに気付かないまま会話を続ける。
 「会長は今日も見回りですか?」
 「えぇ、生徒会長だもの。宇野君は今日もデートかしら?」
 「えぇ……!?」
 どよどよと周囲がざわついて、そこで耕輔は視線がこちらに集まっていることに気付いた。
 噂が広まって昨日の今日、件の二人が顔を突き合わせていれば当然注目も集まる。
 マズい、と思った。
 「噂本当なんだ」「新聞に書かなくちゃ」「写真取れないかな」なんて声がちらちら聞こえてくる。
 横を見る。
 聖花と目が合った。
 睨むような目つきだった。
 聖花としては「デートしてますって言うよねお兄ちゃん!!」という視線であったが、当然耕輔がその思いに気付くわけもない。
 「……い、嫌だなぁ、デートなんてしたこともないですよぉ。はっはっは」
 言った瞬間、隣から突き刺さるような殺気。
 ナンデ!?と思うが、もう発言は撤回できない。
 「あら? 昨日は私とデートしてたじゃない?」
 「会長ぉ!! デートじゃなくて、俺が仕事の手伝いしてただけじゃないっすかぁ!!」
 クスクスと明らかに面白がって状況に油を注ぐ困った先輩に不自然なほど大業な身振りと声量でなんとか誤魔化しを挟む。
 いや、誤魔化しといったが事実ではある。
 何が良かったのかは知らないが隣からの殺気も和らいだ。
 「そーですよ有村会長? お兄ちゃんと仕事してたみたいですけど、面白半分に変な噂を流さないでくれます? 迷惑です!!」
 聖花から援護射撃があった。
 持つべきものはやっぱりデキる義妹である。
 周囲も「なんだ会長の冗談だったのか」といつもの夕夏のお茶目だったことに気付いてチラホラと注目が散っていくのが分かった。
 助かった。
 夕夏はまだクスクスと笑っていた。
 「フフフ、私は別に面白全部でも、真実全部でも構わないけれど」
 「会長ぉ!!」
 周囲はもう耕輔たちの会話を聞いていなかったらしく、注目は集まらなかった。
 「それで? 宇野君たちは何しているんだい?」
 「え? あぁ、これから聖花と二人で母さんを迎えに行くところですよ」
 聖花と耕輔が合流したのは、聖花のご機嫌取りというのもあったがこれから合流する二人の母親を案内するためでもあった。
 「そうです。これからお母さんの案内があるので、邪魔しないでくれますか、有村会長?」
 「……ふーん」
 聖花の棘のある言葉に反応したのか、夕夏は目を細めた。
 ヤバイ。
 本能的に耕輔はヤバい雰囲気を感じ取った。
 すぐに、この場を離れたい。
 夕夏は、面白半分または面白全部で場をめちゃくちゃにしたがるタイプの人間である。
 「あの……じゃあ、俺らはこれで――」
 短く別れを告げて、そそくさと離れようと振り返って歩き出そう、としたところで耕輔の右手の指先を夕夏が掴んだ。
 瞬間、隣の聖花のFPが爆発的に膨れ上がる。
 ヤバい。
 夕夏はクスリと一瞬怪しく笑って、今度は目元を下げた。
 切なげで、寂しげで、訳ありげに見える様に。
 「……後でお母様には挨拶に行くね」
 小さいが不思議とよく通る声だった。
 周囲の音が消えたのは、有村夕夏のその小さな意味ありげな一言が響いたからではなく、耕輔の精神的な作用に由来するモノだと信じたい。
 信じたいが――
 「有村夕夏ァ!!」
 その真実を確かめることは、直後に限界に達した聖花が夕夏に掴みかかったことで出来なくなってしまった。
 一気に注目が三人に集まる。
 耕輔は顔を覆う。
 この状況で二人が喧嘩を始めれば、もし、もし仮に夕夏のあの爆弾のような一言が利かれてた場合に言い訳のしようがないようなことになるからだ。
 ふと、視線を感じて耕輔が顔を上げた。
 多くの注目が集まる中でも廊下の奥に目が行った。
 赤崎がいた。
 今日もたこ焼きの看板を持っていた、宣伝が大変そうだ。
 一部始終を見ていたのだろう。憐れみの目を向けられていた。助けてはくれないらしい。
 奥に昨日挨拶してもらった久我先輩とその横によく見知った幼馴染の姿が見えた。

 あぁ、久我先輩が言ってた友達って――

 現実逃避の思考をしながら、耕輔には先輩と義妹のドタバタを見守ることしかできなかった。
 そんな、平和な、学校祭であった。

                                 完

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