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【実話怪談】あるべき姿

〈第十四話〉

私が小学5年生のときのお話です。
父親の仕事の関係で引っ越しの多い我が家は、借家でした。なんの変哲もない借家だったら良かったのですが、経済的な理由からかいつも訳ありの物件に住んでいたような気がします。
当時はなんとも思わなかったのですが、トイレが水洗ではなかったり、間取りが変だったり、2階には上がってはいけない決まりのある家だったり、古すぎて砂壁が触れるだけでパラパラ崩れたり……思い返すと、どれも変な家でした。
ちなみに台風で屋根が飛んでしばらく公民館に住んだこともありますが、これはまた別の機会にお話させていただきたいと思います。

そんな借家の中で、1番印象的だったのが5年生のときに住んだあの家でした。引っ越したばかりの時、父が私だけを連れて家の中を隈なく見て回ったことを覚えています。
「どこか嫌なところはないか?」
と、新しい家に移る度に私に聞きます。それが私は不思議でした。父の言う、〈嫌なところ〉の意味がわからなかったからです。なんとなく、なぜ私に聞くのかと、思っていました。

父は、所謂霊感の強い人でした。
ある夜、姉と兄と私を連れて近くの森を散歩した帰り道に「影が多いな。」と突然呟き、私たち兄弟が影を見ると、確かに1つ人影が多いことがありました。
「お前か。」と言いながら父が私の肩をバシッと叩くと影は消え、驚いて父の顔を見ると「お前は連れてくるから気をつけなさい。」と言いました。
その時になんとなく、あの浮世離れした弟が頭に浮かび、弟はどうなのかと問うと、父はとても苦い顔をして「あれの話はするな。」と黙ってしまいました。

さて、そんな父が新居で聞く〈嫌なところ〉とは何だったのでしょうか。
あの日、新しい家を見回りながら、変なところはいたるところにありました。でも、特に嫌なところはありませんでしたので、「嫌なところはない。」と私は答えたのです。

すると父は、「そうか。」と言いながら、私が最も変だと感じた場所に向かいます。
そこは、家の中心に突然ある短い下り階段で、下りると床が、むき出しの土でした。2畳ほどのスペースになっています。おそらくは物置きのような場所なのでしょう。一見何もないその場所には、古ぼけた小さな鏡が壁に立て掛けられていました。父はそれを手に取り、裏返しにします。
そして特に言葉を発すること無く立ち去りました。

その家に住みだしてから、私はよく金縛りになりました。大体眠り出してからふと目覚めると金縛りで体が全く動かず、とりあえずそのまま寝ようとすると、遠くから音がします。

カンッカンッカンッ

イメージとしては、なにか鉄の棒を叩き合わせたような音です。
それを聞きながら再び眠りにつく日々でした。今思うと、その状況でよく眠れていたものです。

また、その家に住み出してから明らかに父の体調が悪くなっていきました。元々身体が強い方ではなかったのですが、休みの日は1日寝ていることも増えて、母が心配してあれこれ世話を焼いていました。

その家に住んで半年ほど経ったあの日、私はリビングのソファーで昼間から漫画を読んでダラダラ過ごしていました。
すると突然、

カンッカンッカンッ

とあの音がして、金縛りになりました。
昼間から金縛りにあうのは始めてで、パニックになった私は、どうにか近くにいるはずの母を呼ぼうと、声を出そうとしました。すると耳元で、

    「もどしてください」

はっきり、声がしました。
声と共に頭の中に映像が流れ込んできます。
両手に何かを持った長い髪の女性が、静かにこちらを見て佇んでいました。白い着物を着ています。背景は森、だったと思います。
両手に持っているのはよく見ると……金槌のようなものと、あの、父が裏返した、鏡でした。
不思議と怖さがスッと引いて、心の中で強く返事をしました。
(すぐ、戻します。)
するとすぐに金縛りがとけたので、そのまますぐにあの場所に向かいました。
行く途中で弟が、薄く微笑んで手を振っていたことを覚えています。

鏡を裏返すと、そこに私の姿は映りませんでした。でもやはり不思議と怖いとは思わず、なんとなく手を合わせてから立ち去り、2度とその場所には立ち入りませんでした。
それから父の体調も戻り、金縛りも無くなり、このお話は終わりです。

大人になってから振り返るとあの女性の着物は合わせが左前でしたので、死装束だったのだなぁ……と、気が付きました。
それでも全く怖くないのが逆に、気味が悪いくらいでした。

これは私の実話です。

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