20230808

続 流転

それは風の強い日だった。いつものように河川敷を走っていると、視界の隅に残像があった。走ることに集中していたせいなのか、ぼぉっとしていたせいなのかは分からない。とにかく瞬時に理解が追いつかず、視界に意識を戻すのに少し時間がかかってしまったほどだ。

あれ?こんな所にお地蔵さんがあったかな?

最初はこう思った。長く伸びた草むらの合間に、背を丸めたおっさんが遠くの山並みを眺めて座っている。そして念仏を唱えるように手を前にしている。よく見ると絵を描いているではないか。以前に見た絵を描くおっさんと同じおっさんなのかどうかは分からない。ただ、あの時とはまた別の山並みに向かってしきりに手を動かしていた。

ほんの一瞬だったが、今回はその絵を垣間見ることができた。それは意外にも一般的なノートのサイズよりも小さいものだった。そして、さらに驚いたのはその中身だった。鉛筆のデッサンのようなものかと勝手に想像していたら、油絵のようにねっとりした重厚感のある絵だった。色の層が幾十にも重なっていて、立体的に浮かびあがっている。小さなノートに描かれているとは思えないほど大きく見えた。一瞬の出来事だったので錯覚だったのかもしれないが、それはおそらく、いや、確実に抽象的な絵だったと思う。あの山並みを描いた風景画とはとても思えなかった。

その後も走りながら、頭の中であの絵が反芻された。考えないようにしても何度も何度も浮かびあがってくる。小さな滝壺で沈んでは浮かぶ落ち葉のように。反芻される絵は、決して鮮やかで明快な絵ではなかった。幾十にも重なった色の層が中心に向かって渦を巻き、その混沌さに否応無く目を奪われる。だがこの絵の本質はおそらくそこではない。よく見ると渦の中心はぽっかりと抜け落ちている。空虚なのだ。何もない。

ん、どこかで見たことがあるな。

そんなことを思いながら、折り返す。またその土手へ戻ってくると、もうそのおっさんはいなかった。そして、ちょうどそのおっさんが座っていた場所から山並みに目を向けてみた。

あっ


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?