【インスタントフィクション】

『便所の端』

新たな気持ちでドアを開く。
 誰もいないホールで助けを求める。
 壁の重なる隙間から覗く女性がいる。
 心に小さな火花が散る。
 つい真面目に話しかけてしまう。
 『こんにちは』
 私は今日から男子トイレを掃除する。
 彼女も女子トイレを掃除する。
 同じ時間に同じように掃除する。
 トイレの備品は私が補充する。
 床は彼女が雑巾をかける。
 彼女は男子トイレに雑巾かけながら現れる。
 私はしゃがむ彼女を上から目で追う。
 蛇口から垂れる水滴を拭き。
 このトイレは美しく輝く。
 
トイレの掃除は誰もしない。
 トイレの掃除は誰にもさせない。
 ある日のトイレで泣く彼女
 ある日のトイレで困る彼女
 ある日のトイレで赤くなる彼女
 二人はトイレを飛び出して、風呂を洗い出す。
 ある日の風呂で赤くなる彼女
 ある日の風呂で困る彼女
 ある日の風呂で泣く彼女
 私は風呂を飛び出して、一人でトイレを掃除する。
 垂れる水滴を拭き、このトイレの輝きはただ清潔なトイレの輝きだった。

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