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『雪初詣』

中学3年の冬休み。

大晦日、お正月といえば家族と過ごすもの。

そう教えられている。

父は厳しく、少し夜が遅くなっただけで心配するふりをしてるが、本当は寂しがっていると俺は思ってる。

母も同意だ。

そんな気持ちをわかってか家族は全員大晦日を自宅で過ごす。

まぁ、大晦日なんてそんなものだ。

家族みんなで紅白歌合戦をみている。
母はあーだこーだと若い歌手の歌声を批評している。
歌が聴こえないじゃないか。

と、突然電話が鳴った。

こんな時間に、と母親が電話に出る。

時計を見ると21時半。
終盤だ。

母が手招きで俺を呼ぶ。

クラスの友人、和也からの電話のようだ。

ちょっと気まずいな、と思いながら父の方をチラと見る。

その背中はテレビを見ているが微動だにしない。
と、先程空になった落花生の殻を摘みだした。

なんか耳はこちらを向いてるようにも見える…。

きっと内心は複雑そうだな。

「初詣行かないか?、洋子とマミも誘ったんだ」

初詣は今まで生まれてこの方、元旦の昼間にしか行ったことがなかった。

確かに、この後に始まる「行く年来る年」では深夜に初詣に並ぶ人の姿を見たことがあるので、そういう地方もあるのだなと理解してるが、わざわざ夜中に行きたいとは思っていない。

寒いし…でもなぁ。

俺はふぅと呼吸をととのえ、意を決して、両親と妹がいる空間に向かって宣言。

「和也と今から初詣に行ってくる」
少し時間が止まってみえるのは気のせいか。

こうして、人生で初めて帰宅後の深夜に出掛けることになった。


支度をして出かける間際、玄関先。
母は早めのお年玉を渡してくれた。



待ち合わせの亀田八幡宮
函館のわりと街中にある神社。
学生が行きやすい神社だ。

たくさんの行灯(あんどん)には光が灯りゆらゆらゆれている。

出かける時はさほど降ってはいなかったが、神社に到着すると、なかなかの本降りになってきた。

「寒っ!結構強いね」

洋子は薄いピンク色のコートに紺色の暖かそうなマフラーを巻いて頬を赤らめてそこに立っている。

ただでさえ色白なのにこの寒さだ、しもやけになったら大変だろうに。

この寒さの中、しばらく待っていたのだろうか毛糸の帽子に少し雪が積もっている。

私はそれを払ってあげた。
ほどなくして和也とマコも来た。

鳥居の前から靴底ほどの深さに積もった雪道を境内に向かって歩いていく。

山道に向かって篝火(かがりび)が並んでいるが焚き火のように轟々と燃え盛っている

雪は降っているがその反射した火照りが暖かい。

「あけましておめでとうございます」

そんな掛け声とともにお囃子が始まり、俺たちも互いに新年を祝った。

15分ほど並んで初詣をして、参道を外れた脇道を歩く

パッと明るい出店が並び、赤や黄色、オレンジ色と鮮やかな出店が白い雪に反射して、極寒の神社の境内に現れた彩り豊かなオアシスだ。

ちょうちんやハダカ電球、眩しい位の光のなか俺たちの顔も照らされる。

「寒い!寒い!見て!おでん屋さんがあるよ!中に入ろうよ」
マコが白い息を吐き言う。

一際インパクトの強い「いか焼き」の匂いに包まれるなか、そちらの方を見る。

のれんに赤い文字で書かれたおでんの文字に誘われ四人は入って行った。

おでんの出店の奥にもテントがあり6人ぐらい座れる長テーブルが10脚ほど設置され5〜60人は入れるスペースがある。

強火で真っ赤に燃える石油ストーブには鍋が置かれ、それが何台も置かれており湯気が立ち登る。
蒸気の立ち込めた室内は霞んで見えた。

全員で甘酒を飲んで乾杯。
ちょっとお酒がきつい気がしたが気のせいだろうか。

いや、みんな顔が赤い、赤ら顔でおでんを食べる。

あんな寒い場所からこんなに暖かい場所に来たせいか、甘酒のせいかはわからないが、頭の中がぼーっとしてきた、よく見るとみんな目がトロンとしたまま、卵をつついたり、ストーブの炎を見つめている。

そんな黄色いテントの中で私たちは新年を祝った。
もうすぐ入試だ、志望校は皆違う。

外を方に目をやると、おでんの入る大きな鍋から揺れる湯気がゆっくり上がる。

雪が相変わらずしんしんと降っていた。

遠くから聞こえるお囃子の音。

ふと洋子の方を見る。
頬杖をついて同じように外を見ている。

ストーブの上から登る湯気に遮られ、彼女の顔にうっすらベールがかかっている様に見える。

しばらく見てると、洋子もこちらに気づいて頬杖ついたままこちらを見た。

眠そうな目を細め、にっこりとして
彼女は言う。

「今年もよろしくね!」

私は噛み締め軽くうなずいたのち、
「今年もよろしく」

そう精一杯柔らかく言った。

テントの上に積もっていた雪が滑り落ち、ドスンと音を立ててテントの外に落ちたのが聞こえた。

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