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「今川焼きストーリー」:ショートストーリー

「あたし、魚の頭が苦手なのですけれど」

女房は俺が新たに製作した新しいあんこ菓子に不満を言う。

何種類か試したが、やはり縁起も良いのでタイにした。

「そうか、魚の頭が苦手な奴もいるのだからな」

確かに魚河岸でも、頭を落としてくれたりもする。

焼き魚を食しても、頭は残すしな。

カン、カン、カン

俺は焼き菓子の型を、玄能で叩き作る。

頭を外した型を作り、生地を流し込み、焦げ目を付け、あんを入れる。

同じ形の型同士で挟み込むようにあんこを包む。

「頭はイヤです、首がない体はもっとイヤです」

確かにこれでは魚の首無し死体だ。

魚を模すあんこ菓子を作る意味すら、危うくなってきた。

「おお!そうか!」

頭は嫌、首無しも嫌

そんな女房の話は少数派と半ば諦めかけていた。

なるほど、ちょっと魚が精巧すぎた。

忠実に模した事で女房が恐れおののいてるに違いない。

カン、カン、カン

型を作る。

丸っこい頭だけにした。

タイの頭は丸い、丸さで愛らしさを強調させた。

「ぎゃー!完全に生首じゃん!」

じゃん?
何やら相当不満そうだ。

確かに、そう言われると丸い魚の頭だけのお菓子なんか、特に美味しく感じないだろうな。

木魚にも見える。

ポン、ポン、ポン、叩いてみる。

型を作り直す。

カン!カン!カン!

だんだん面倒になってきた。

もともと、女房が珍しいあんこ菓子を食べたいと言い出したのだ。

俺はひとまず鉄板の造作を平くし、円形の鉄板を作った。

生地を流してあんこをのせて挟んで焼く。

香ばしい小麦粉とあんこの香り。

丸い円形のあんこ菓子が完成した。

「これなら文句あるまい」

「おいしい! これなんて名前のお菓子?」

そうだなぁ、顎に手を当て考える。

「今川焼き」と言う名前にしよう。

地名を取って、今川焼きと呼ばれた菓子は、庶民に愛されて数100年…


ーーーー

「おまちどおさま」

ふと我に返る。

「あんこ2つ、クリーム2つですね」

「ああ」

俺は、紙袋の今川焼きの温もりを感じながら、家路についた。

妻には鯛焼きは禁止だ。

説明  今川焼きの発祥は、江戸時代中期ごろに神田今川橋の近くにあった店で作られたそうです。
本作は主人公の妄想です。

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