リベラルアーツとして人類学と歴史を学ぶ

最近、手仕事をしているときにPodcastを好んで聞いています。いろんな番組を聞くけど、その中でも最近のお気に入りが歴史の話をしているこの番組cotenradio↓

番組の番外編の回でリベラルアーツとして歴史や人類学を学ぶことの意味について語り合っていました。その中で、パーソナリティの深井氏がリベラルアーツが保有する最大の威力は、「既存のフレームワークの破壊」といっていました。

ちょうどそのラジオを聞いていた時に読んでいた本が、これ↓

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すごく読みやすくて、解りやすいおすすめ本。(京大の藤原辰史氏のオススメ本だったので、読んでみた)著者自身が人類学とは何か、人類学ができることは何かを問いながらエチオピアの調査研究を進めて思考を深めていく様子を描いた本。自分の所属する社会とは違う社会を理解して受け入れてリスペクトしていく過程がとても面白かったです。

 私には、常識が足りないと常々思っているのですが、(足りないのであって、常識知らずまではいかないよね、たぶん。。。)

歴史や人類学は、私なんてまだまだつまらない常識人だったんだ!と驚きを与えてくれます、そして、社会的常識のいかに意味のないことかがよくわかります。世界の広さや、人類の螺旋的成長を感じたりして、世界は繰り返し繰り返し同じ愚かさを繰り返しながらそれでも少しずつマシになっている、のかもと思ったりします。

たまたま、ここ数年近くに学者さんが沢山いて、研究者の知識量とか語彙力に自分の足りなさ加減を思ったりしたけど、

そうやん、能力足りないとかいらんし、とこの番組とこの本を読んで、あーそうやったなぁと自己肯定感、回復 笑。深い知識量も面白いけど、自分と違う事や理解出来ない事に対して、知らないフリ、避ける、嫌う、恐怖するなんて感情が湧く事なく、ちゃんと俯瞰して考えたり、興味持って考えたできるメンタルの自分になっていたいです。

ってか、この先そうゆうメンタルが必要で、歴史と人類学を知る事はその訓練になってるって事ですね!


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