論文の書き方(その1):論点の展開
要旨:一般に論文の書き方というのは二の次にされる傾向があり、どうしたらよいかと気になっている方も多いのではないでしょうか。この文書は、論文を書く際に最も重要と思われる論点の中核にある「問題点」の取り扱いを解説します。この点を的確に理解し利用することにより、より読みやすく説得力のある論文が書けるようになるはずです。
序章
どうやってこの文書に辿り着いたにしても、読者の皆さまは論文の書き方に興味があるに違いありません。当人は何年も前のことですが論文の書き方がよくわからず苦労していました。そのころ関連の本を図書館で何十冊と詮索している間に一冊の本に巡り合いました。それはBooth他著『The Craft of Research』という本です。この本は当人のその後の論文作成に多大な影響があったので、ここで皆さまにも紹介したいと思うものです。原語で読むのが最高ですが、当人の言いたいこと二点はこの文書と別の『論文の書き方(その2):文章の展開』で概略を、当人の考えを含めてお伝えすることができるのではないかと思います。【背景】
さて、論文を書くというからには何か伝えたいこと、つまり論点があるわけです。そして、その論点をどのように論文の中で記述・展開していったら良いのでしょうか。この点がわからないのでは、説得力のある論文を書くことはできないでしょう。皆さまも他の論文を見て何を言いたいのかよくわからないと感じることはありませんか。【問題】
この文書ではこの論点の展開ということに焦点を置き簡潔に重要点を述べたいと思います。そして、この中核に「問題点」を明確にするということがあります。以下の本文では、問題点の客観的及び主観的な側面を紹介してそれをどのように論文の中で扱っていくかを書きます。【回答】
さて、本文に入る前に、いくつかお断りしておくことがあります。まず、この文書では序章(前書き・はじめに)、終章(結論・終わりに)、要旨(あらまし・概要)の中での論点の展開に焦点を置き、論文の本文の書き方については記述していません。次に、この文書はそれ自体ここで扱っている論文の書き方に準じています。詳しくはこの後の本文で書きますが、序章と終章の構成を示すための指標を【 】内に入れて各段落の後に付してあります。【注釈】
以下の本文では、「問題点」についての説明を始めに、序章、終章、要旨の構成について手短に記述します。【概要】
本文
「問題点」について
皆さまが論文を書く目的は何か新しい発見や考えを他の人に伝えたいからだと思います。ここで、最も重要なのはその伝えたいことを明快に適切に読者に伝えることだと思います。それが論点と言えましょう。この論点の中核をなすものが「問題点」です。下の公式に示すように、問題点には、二つの側面があります。
問題点 = 疑問 + 意義
「疑問」は問題点の客観的な側面で、質問形式で考えることができます。「意義」は問題点の主観的な側面で、その疑問を解決するとどんな利益があるか(「正」の見方)、あるいはその疑問に答えられないとどんな損害があるか(「負」の見方)を主張するものです。
例えば、ある研究者が特定のガン細胞の増殖を薬物で阻止する研究をしているとします。問題点の疑問を『そのガン細胞の増殖メカニズムはどうなっているか』と設定すれば、意義は『そのメカニズムがわかることによって、適切な薬物の判定が可能になる』などと言えましょう。
また、この文書(今読者の読んでいるこの文書のこと)の問題点の疑問は、『どうやって、論点を展開したらよいか』ということで、問題点の意義は『適切な論点の展開が出来なければ読者が文書を読んであるいは理解してくれない』と考えることができます。
尚、どんなに重要だと思われる問題点でもすべての人に意味があるわけではありません。したがって、この「意義」というのは相対的で、あくまでも特定の読者を想定する必要があるということです。かのアインシュタインの相対性理論でさえ世の多くの人には全く無意味なのです。
もう一点重要なことは、問題点自体様々なものがあります。大きく分ければ、実用的なものと理論的なものがあります。実用的な問題は我々の実社会に直接関与しているものです。すなわち、その問題点の疑問が実社会で問われるようなもので、その意義は実社会に直接影響を及ぼすようなものです。それに対して、理論的な問題点の疑問は専門的なもので、その意義もごく一部の専門家にしか理解されないようなものです。
論文を書く場合には想定される読者層によって適切なレベルの問題点を取り上げ、その意義がその読者層に説得力があるものだということに注意しなければなりません。
序章の構成
序章の構成について最も重要なことは論文の問題点を徐々に導入していくということでしょう。なるべく一般的なことから入って次第に中核に触れるという姿勢です。流れとしては以下のような具合です。それぞれ、通常は一段落に収めることが出来るでしょう。
背景 ➞ 問題 ➞ 回答
まず、論文の背景から始めます。多くの論文は専門的であるため、突然に本題に入ることはリスクが大きすぎます。背景を記述するにあたって最も重要なことは読者を想定してその読者がどのようなことに興味を持っているかということから始めると良いでしょう。また、著者がその論文を書くきっかけになった事柄などを含むこともできます。
次に、問題点を提示します。これは、すでに書いた通りです。
その後、問題点に対する論文の「回答」を簡潔に書きます。当然、その論文自体が回答なので、あくまでも本文を読んでもらう興味をそそるように最も重要なことを手短に書くのです。なお、ここで「解答」と言わずに「回答」というのは、その論文が必ずしも問題点の疑問に完全には答えていないかもしれないということをわきまえているからです。たとえ、部分的な回答でも十分意義があればその論文の価値は伝わるでしょう。
以上が序章の最低限の構成ですが、論文の性質や長さによっては以下の二点も含むことが必要でしょう。
一点目は、必要に応じて注釈を加えるということです。例えば、論文の回答が完全な解答ではない場合など、あらかじめ断り書きを入れておくと良いでしょう。二点目は、比較的長い論文の場合には本文の概要が必要だということです。本文の各章のあらましを簡潔に記述すると良いでしょう。
この文書の序章も一応上記のガイドラインに沿って書いたつもりです。いかがでしょうか。
終章の構成
さて、序章の注釈に書いたようにこの文書では本文中での論点の展開は記述しないので、終章の構成に移ります。大まかに言って、終章は序章と反対の構成をとります。論文の中核から幅を広げていくのです。具体的には、以下のような順序で三段落を想定します。
回答 ➞ 意義 ➞ 将来
まずは、問題点の疑問に対する回答を簡潔にまとめます。次に、その疑問そして回答の意義を主張します。最後に、論文の結論に基づいた将来の方向を論じます。これらの内容は多くは序章と反復するものになりますが、終章は本文の後なのでよりパンチの効いた言い回しが可能になると思います。
この文書で序章と終章に限ったのは、この二つの章が最も重要だと思われからです。読者の中には論文全体を読む時間がないとか興味がないという人もいるでしょう。そんな時には序章と終章だけ読むということあるかと思います。たとえ序章と終章だけ読んでも論文全体の言い分がよくわかるようであれば、極めて有効だと言えるでしょう。
要旨の構成
ことのついでに、もう一点だけ付け加えておきます。論文の要旨も重要なものです。読者の多くは、要旨をみてその先読むかどうか決めることでしょう。したがって、要旨も一般的なことから専門的なことへと記述を絞っていくこと必要です。そのため、その内容は序章と似たものになります。出発点としては、序章の三段落(背景、問題、解答)をそれぞれ一文ずつにまとめて三分で構成することができます。状況によってそれを書き直せば良いでしょう。
終章
この文書では、論点の展開について以下のようなことを述べました。「問題点」は客観的な「疑問」と主観的な「意義」という要素があり、それらを要所に明確に記述する必要があります。序章では問題点の背景から入り、問題点と回答と徐々に確信に迫ります。反対に終章では回答のまとめから始まり、問題点の意義、論文の将来の展望と進みます。【回答】
論点の展開は論文の最も重要なことなので、この点の書き方の基本を理解し実行するだけで、論文の読みやすさと説得力は倍増するはずです。他の論文を見てこの文書で言っていることが実行されているかどうか判断してみてください。【意義】
最後に、もし英語を読む気力があったらぜひBooth他著『The Craft of Research』を読んでみてください。そうでなくても、この文書に書いてあることを基にご自分で、あれやこれやと工夫されれば必ずや作文力が上がるでしょう。最後に、ここでは論文の作成に限って書いていますが、学会や集会での口頭の発表についても同じ原理が応用できることでしょう。【将来】
参考文献
Booth, Wayne C., et al. 2024. The Craft of Research. 5th ed. Chicago: University of Chicago Press. [2024年現在、第5版まで出版済み]