義体不幸鳥急行殺人事件Ⅵ

つづきでーす 明らかにされる真犯人!

 ただ、友だちになりたかった。
偶然見つけた小さなアトリエで、展示をしているとのことで気軽に入ったのが始まり。かわいらしい外観で、内装もどこか心が暖かくなるような不思議で綺麗な空間だった。そこにいくつかの絵とガラス細工、絵本等が展示されていて。素敵だった。こんなところに、こんなにも心踊る場所があったなんて。
「お気に召されましたか?」
声に顔を上げると、頭にターバンを巻いた眠たげな目の少女がそこにいた。これまた、かわいらしい。
「貴女が、これらを?」
訊くと、少女はふるふると首を横に振る。
「作品や諸々のレイアウトはセンセイが。奥にいますが……」
「まあ!お会いしても?」
少女は難しそうな顔をし、唸った。それはそうだ。駄目で元々だし、不可能ならばそれでいい。ただ、こんなに心奪われる作品を創る人がどんな人物なのかは大いに気になるが。
「い、いえ!何でもありませんわ!楽しませて戴きましたわ。では、ご機嫌よう」
「Uhh……Wait a minute,Miss?」
奥の方から声だけが飛んできた。男性…いや女性だろうか。
「まずは足をお運びいただいてありがとう。気に入ってもらえたようで嬉しいよ。作品も……ウチの弟子のこともね。だが下心は隠しな。その子になんかしようものなら……Get it?」
私は頭に血が昇るのを感じた。なんて不躾な言い種だろう。
「作品の美しさと創り手のそれは全く比例しないということがハッキリわかりましたわ。顔も見せないで好き勝手言って。きっと身も心も醜悪で可哀想な人よ」
そう言い捨ててアトリエを去った。それ以来そこには足を運んでいない。……ということもなく。作品とあの子のことはとても嫌いになれず、しかし中に入るのは憚られるため、こっそり訪れては窓から様子を窺うなどを何度か繰り返していた。あの少女とは友だちになりたい。あの時はサングラスと帽子をしていたからきっと今会っても気付いてくれないかもしれないけれど、彼女とならきっと仲良くなれるはず。そしていつかあの子を……。
「そういうところだって」
頭上から聞こえた声に跳ね上がる。アトリエの窓から見知らぬ女が顔を出していた。この声、これがあの「センセイ」か。
「色々順序を省こうとしないこと、合意を得ること、まず欲望を抑えること」
「貴女に何がわかりますの!また失礼なことを!」
踵を返し、アトリエを去る。その背に「センセイ」は叫ぶ。
「名前も聞き出せん、自らも名前を明かさん、そんな子にオトモダチが出来ると思うのかい!Go for it!」
彼女の言葉を背に受けながら思う。あの人は失礼だけど。びっくりするほど無礼だけど。最後に言ったそれだけは事実。あの子と友だちになりたい。だから。今行方を眩ましたあの子を放っておきたくない。探さなきゃ。一緒にいなきゃ。私があの子を、守らなきゃ。
「その意気よ、Miss。一緒に行こう。オルルェならあの子の居場所がわかるよ」
あの時のように、背後からやや腹立つ声が聞こえてきた。腹が立つけれど、気にくわないけど、今こんなにも心強い声など他にないだろう。振り返る。そこにはいた。死んだはずの不幸鳥が。その目を力強く見据え、駄目仙人は言った。
「連れていって。あの子を……助けたいの!」

 チベスナは海を見ていた。ただぼんやりと水平線を見つめていた。眼下には切り立った崖。柵はあるが、万が一ここから落ちてしまったら無事ではないだろう。センセイなら、「サスペンスドラマの犯人って、こういうとこ好きだよな」なんて言うだろうな。そのセンセイは、もういないけど。犯人……?この事件の犯人はセンセイじゃない。誰かがセンセイを犯人にしようとした。じゃあセンセイが死んだのは何で?罪の意識からの自殺ということにしたかったのか?あんな自殺があるか。私は駄目仙人って人だと思っている。だけどそれとも、実は真犯人は別にいて、今度は駄目仙人さんを犯人に仕立てようとしている……?
「どうしてこんなことになったの……全部わかんないよ…」
しゃがみこんだチベスナは、何者かの足音を聞いた。こちらに向かって歩いてきている。駄目仙人さんか?或いは、若女将さんかな。立ち上がり、振り返ろうとしたチベスナの耳に、今度は鋭い叫び声が飛び込んだ。
「今すぐそこを離れるんだLass!!」
聞き覚えのある呼び方に目を見張ったチベスナは、歩いてきた何者かに捕らえられた。駆けつけた不幸鳥、若女将、駄目仙人はやむ無く足を止めた。
「近付いたらー、わかるよねー」
間延びした声で、恐らく「真犯人」であろう人物は言う。犯人の右手に付いた凶悪なパンダが、チベスナに突き付けられる。
「Enough is enough!ここまでにしてもらおうか……Ms…パンダ」
パンダと呼ばれた女は気だるげに笑った。不幸鳥は若女将に頼み、彼女の名前を調べてもらっていた。
「気付いてないかと思ってたなー」
「冗談を。オルルェはしっかり気付いてたさ。電車も旅館も一緒だった仲じゃない。ねェ?」
嘘だ。同じ電車に乗っていたことも旅館も同じところだったこともついさっき知ったばかりである。
「ともあれ、この事件の真相を暴いてやる。ちょうどギャラリーもご到着の模様だからな」
不幸鳥はちらと後ろに視線をやる。警察が到着したようだ。
「それ犯人!?犯人みっけ!!」
「良からぬことは考えるなよ!」
Richardとゴリラ入間である。不幸鳥は呆れ顔でわざとらしく肩を竦めてみせた。チベスナも捕らわれながらチベットスナギツネのような表情をした。咳払いをし、不幸鳥は芝居がかって言った。
「さて。ではお話しよう。Please give me your attention」
 

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