義体不幸鳥急行殺人事件[エピローグ]

これで終わりとなります 拝読ありがとうございました!

 取調室。

「動機はなんだ?」
Richardは淡々と問い質す。極めてシリアスな顔付きだ。それに反して犯人であるパンダは椅子の背もたれに深く寄りかかり、ぼんやり虚空を眺めている。
「答えろ!!」
机を叩き、ゴリラ入間はパンダに詰め寄った。その近さ、隙間は1cmほど。パンダは右腕の凶悪なパンダ……は、押収されているためただのかわいらしいパペットパンダをうりうりとゴリラ入間へ押し付けた。
「答えないか。君に黙秘権はないぞ。逃げ場もな」
「そうだそうだ!!」
Richardに同意し、机を激しく乱打し威嚇するゴリラ入間。流石にうるさい。彼女はRichardに額を叩かれた。
「列車に乗ってたとき辺りから」
パンダはのんびりと口を開いた。
「なんか面白いことないかなって思って。全然楽しいことなかったし、つまんなかったから。そしたら、同じ列車に乗った奴らに面白そうなのがいた。それがあいつら」
二人は黙って、マイペースに話を続けるパンダの供述を聞いた。パンダは間の取り方も喋るペースも非常に間延びしている。Richardはややイライラしていたがゴリラ入間がそれとなく制した。
「正直、楽しくなればなんでもよかったし。誰でもよかったし、殺しじゃなくてもよかったんだけど」
「ならば何故殺した?」
低くRichardは問うた。パンダは笑って答えた。
「その方がより楽しいから。事件がバレて捕まるのも含めてね」
彼女はへらへらと笑った。Richardはパンダを睨み付け、そのあと深く深く溜め息をついた。ゴリラ入間は……意味もなく机を叩きまくった。理由らしき理由など、初めからなかった。幾重の謎を呼んだ不可思議にして悲しい事件はここに終わった。


 警視庁の一室。

バタバタと慌ただしく廊下を走る者あり。その向かいからは二人の人影が歩いてくる。走る者のスピードが徐々に下がっていく。憮然とした顔の二人組は顔を上げ、正面から来る者の姿を確認すると、おっ、と声を上げた。
「どうしたのかねくろぐだクン。随分忙しそうだが」
Richardはその者へ問い掛ける。くろぐだと呼ばれた黒髪ポニーテールの凛々しき女性は、キリリと敬礼をしてハキハキと答えた。
「いえ、何でも最近不可解な事件が起きていたそうじゃないですか!容疑者が行方不明になったと思いきや遺体で発見されたという。その事件の真犯人が見付かったそうですね!」
二人は顔を見合わせた。それから片や大袈裟に肩を竦め、片や頭を抑え首を横に振った。しかしくろぐだは、そんな二人の様子を不思議そうに見つめるだけだった。
「え?なんです?お二人とも」
「くろぐだ君……あのね、真犯人は捕まったし事件は終わったし、さっきソイツの取り調べが終わったところだよ」
ゴリラ入間はくろぐだの両肩に手を置き、諭すように言ってやった。くろぐだは目を丸くし、しばし瞬きをしたのちに膝からガックリと崩れ落ちた。
「う、うおおおお……わ、私はまたも……出遅れた……」
そうだ。彼女こそがこの警視庁名物、『情報遮断のくろぐだ』であった。


 列車の中。

事件も終わり、不幸鳥たちはどくどく庵女将にお詫びと礼と別れを告げ、帰りの列車に乗り込んでいた。不幸鳥は車窓から遠くを眺め、手すりに置かれたその手指は所在なく弧を描いていた。行きとは違い、彼女の口は固く一文字に結ばれていた。それから、行きとは違う光景がまたひとつ。不幸鳥の隣はチベスナではなく、駄目仙人だった。チベスナはその隣となっている。重い空気を破ったのはチベスナだった。
「駄目仙人さん、これからどうしますか?」
はっとなり、駄目仙人は努めて明るく答えてみせた。
「あ、あら、そうね。私はこれまで通り過ごすわ、そのつもり」
それはそうか、チベスナは思った。沈黙が気まずく、ひとまず何か質問してはみたが彼女には彼女の生活があり、それに戻る。それだけのことだ。
「We'll see about that、駄目仙人ちゃんよ」
そこへ不幸鳥が口を挟んだ。駄目仙人はむっ、とする。
「なんですの。事件の際は協力致しましたが。白状すると確かに貴女を頼もしいと感じましたが。私が貴女をよく思わないことに変わりはなくてよ」
不幸鳥は彼女の少し棘のある言い方もどこ吹く風。窓の外を見つめたまま言った。
「預言しようか。君はオルルェのアトリエの住み込みバイターの一人になる。そして……以前より充実したそれなりに幸せな日々を送る……I'll bet」
「なんですって!?」
駄目仙人もチベスナも驚いた様子を隠せない。だがチベスナは何となく気付いた。センセイがいつの間にかこの人を駄目仙人「ちゃん」と呼んでいることに。この呼び方は彼女が気に入った人間にしかしない。
「そうさな。『美しく艶やかな緊縛』……ンン、そんなのをテーマに展示でもしたくなってな。そういうの好きだろ?そういうことならうちのチベスナちゃんを捧げていい」
「よろしくてよ」
即答だった。
「ヘイヘイヘーイ」
チベスナのツッコミ。
「ではなく!どういう風の吹き回しですの。貴女は私が」
「嫌いとは言った覚えも、ましてやそんなことを言った覚えもないなァ。むしろその逆だぜ。アンタさえよけりゃあおいで……オルルェたち待ってるよ、な?」
チベスナへ視線を送る。チベスナはこくりと頷いた。
「……変な人たち」
駄目仙人は呟き、片手で顔を覆い背もたれへぱたりと寄りかかった。しかしその口許は嬉しそうに微笑んでいた。
「ちと早いが言わせて貰おうか。ようこそ、我がアトリエへ」
不幸鳥の声が清々しく響いた。列車は穏やかにレールを行く。波乱の旅の、その終着駅へ。

 おしまい。

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