カリスマ恋愛相談所と謎の食リポ

 俺の名は待下透。恋愛相談、人生相談を生業としているハンサムガイ。恋愛のカリスマってやつさ。俺は相当経験豊富だ。本当だぜ。そんな俺のノウハウを迷える子羊たちに教え、アドバイスし、導いてきている。今まで培ってきた経験を世のため人のために使うことこそが、この恋愛のカリスマたる俺に課された使命だと考えているからだ。もちろん、カリスマであるこの俺でも手に終えない相談も時にはある。だが俺は言っていない。この俺は決して独りではないと。……それがだいぶ……いや、ものすごく風変わりな野郎というか、説明し難いというか。なんで、他人には多くは語らないようにしている。何故なら信じてはもらえないからだ。俺だって信じられなかった。

 だって、おばけなんだから。

 「ああ、はいはい。浮気のご心配?おや、こんなに魅力的な女性がありながら!」
「もう、口が上手いんですから!そうなんです、この間いけないとは思いながらもその、彼のスマホを見てしまって」
これは俺の日常風景。なんてことない、仕事中の一コマ。浮気、不倫の相談はとにかく多い。あちらにもこちらにも手を出すとは、忙しい人間のなんと多いことか。ちなみに今まで聞いた中で驚愕だったのは16股だ。ラグビーチームの人数より多いぞ。
「スマホを見ちゃうのはいただけませんな……そこに問題があったのですか?」
「いえ、むしろなかったんです。女性の影も形もなくて……それが却って不安で」
この手の相談か。これには大方2パターンある。相手が周到で、女遊び用のスマホとそうでないスマホの2台持ちというパターン。もうひとつは、本当に女性の影がないパターン。おたくの彼氏さんは残念ながらそんなにモテるタイプじゃあないぞと。それ以外ということもあるが……さて、どうだろう。
「おっ、来た」
少し離れた部屋から独り言。ここは彼……相棒の力を借りるとしよう。
「ん、んー。……ほう。おいし……」
なにやらモグモグと頬張りながら現れた男。風貌が俺によく似ているため、見た人は必ず驚く。面倒だし、双子ってことにしている。当然、双子なんかじゃあない。
「えっと?待下さん、この方は?」
「私の双子の弟……兼相棒です、変わったヤツでつねにもの食ってないと頭働かないんですよ。気にせんでください」
今日は何食ってんだか。うまいっつってたってことは、つまり。
「程よい甘味だ。暖かくて、優しい味。真心っていうの?よくわかんないけど、たぶんそんなだね。そういえば、これ作れる女性って男性ウケがいいとかって聞くよね」
肉じゃがか。いいなあ。旨そうに食いやがって。じゃねえや、相談者にアンサーを出さなくては。
「ご安心ください。貴女の彼は、浮気などしていません。きっと、一途で優しい方なんでしょうね。いつも貴女を想ってくれているはずです」
「そ、そうですか?でも……ただひとつも女性の連絡先がないのは怪しくないですか?」
そこか。そこは俺の見解としては、こうだ。
「もしかして、メールだとか、チャットアプリだとかが苦手な……その、古風な方だったりしませんか?そもそも入ってる連絡先もご家族や上司数名などだったりは?」
そう告げると彼女は考え込み、やがてはっと口許を抑えた。図星か。
「あー、美味しかった。そうだ、帰ったらこれ彼氏さんに作ってみたらどう?絶対に喜ぶよ」
食べ終えた相棒は相談者に微笑みかけた。
「肉じゃが……。そういえば、彼の好物だったかも。相談に乗ってくださり、ありがとうございました!勝手に疑って、もしかしたら大変なことになっていたかも」
「お役に立てたのなら、幸いです。これからも末永く、お幸せに。それと、お困りの際はいつでもご相談ください!なんなら、ノロケに来ていただいても構いません!」

 俺の仕事風景と相棒を見て、恐らく不思議に思わなかった者はいないだろう。説明をさせてもらおう。はじめのほうに俺は独りではないと言ったが、それはこの相棒、亜井 植雄(あい うえお)の存在があるからだ。そしてこいつが先に言ったおばけなのだ。愛を糧にするおばけ。愛に飢えた男だから、あい うえお(愛 飢え男)。しかし、簡単にバカみたいなことを抜かすが愛なんてどうやって摂取するのか。それは先程あなた方も見てもらったはずだ。ヤツは小型の冷蔵庫のような箱を持っており、愛を検知するとそこから「可視化された愛」が出てくるのだ。さっきのでいう「肉じゃが」がそれだ。出てくる料理はその都度違う。愛にも様々な種類があるように。時には料理でないときもある。それが愛ではないときがあるように。料理が美味いときは、愛も良質なものらしい。ヤツの食リポをヒントに俺は恋愛相談をしている。そういうことだ。俺は仕事がうまくいく。ヤツは食い物に困らない。Win-winの関係ってやつだな。

 そんな順風満帆に思えた俺たちだったが、いつまでもそういうわけにはいかなかった。ハッピーな恋愛相談ばかりじゃあないし、むしろ恋愛相談なんてロクなものじゃあないからだ。俺は相談を終えた相談者には必ず、「ノロケに来てくれ」といった旨の言葉をかけている。聞くほうはウンザリするっちゃあするが、そうでもなきゃあ、身が持たんヤツがいるからだ。その、身が持たんヤツが今、非常にまずいことになっていた。植雄と過ごし始めてから1年経とうとしていた頃の話だ。

 アイツが、透けてきた。


 「おいお前、ちょっとこっち来い」
植雄の手を引こうとした。とした、ってことはそれが叶わなかった。ヤツを掴もうとした俺の手はすり抜け、空を掴んだ。
「透。見てくれよ。ほら、向こうが透けてるんだ」
「……!!俺もそれについて話そうとしてたんだがお前、見たよな!?今、手が掴めなかったんだぞ!?」
己の透けた両手越しにヤツは俺を見た。
「僕、ずっとお腹空いてるみたい。餓死寸前、みたいな」
「餓死……なんでそれを早く言わなかった!?……いや、最近の仕事の無さと直近の相談内容の酷さを考えれば充分あり得た。あ行、死ぬのか?」
ヤツは俺の言葉を鼻で笑った。人が心配してるのにお前。鼻で笑うって、お前。そのアホ毛の跳ねた頭をひっぱたいてやろうかと思ったが、その手はすり抜けるだけだろう。持ち上がった手は行き場なくさ迷った挙げ句、苦い顔と共にだらりと下げられた。
「おばけだから死なないよ。でも、消えちゃう」
「死ぬのと同じだ、そんなのは」
長めの静寂が重苦しくのし掛かる。もともとこいつとはそんなに喋るほうでも、この相談所がにぎやかな場所でも全くないが、こんなに沈黙がつらいときがあったろうか。
「透。僕は愛を信じられなくなったのかもしれない」
それを破ったのは、蚊の鳴くような声の植雄だった。
「愛って、なんだろう。透、君は愛を信じているかい。人は愛だなんだって簡単に言う。だけど、だけど。そんなの幻想でしかないんじゃないか?だって」
俺は懐から煙草を取り出し、咥え、火をつけた。植雄があからさまに嫌そうな顔をした。俺もそんな顔をしたかったが、ここは格好つけていたかった。そうすべきときだと思ったからだ。師匠(オヤジ)みたいに。
「あ行。お前は一つ勘違いをしてるぜ。愛ってのは、信じるものじゃあない」
ヤツは鼻をつまみ、鼻声で抗議する。
「じゃあ、なんだっていうの?もう僕にはわからなくなっちゃったんだよ」
「……あんまり話したい話じゃあないんだが、死にかけた相棒を前にしちゃそうも言ってられねえや。どっちみち、いつかは話さなきゃあなとは考えていた」
煙を吐く。ああ、やっぱ吸うもんじゃねえや。こんなもの。
「植雄。俺は相当経験豊富だ」
「君の口癖だね」
「それは嘘だ」
煙草を吸い、今度は噎せた。植雄は鼻をつまみながら怪訝な顔をした。
「俺が今までに交際した女性はたった一人だ。それなのに偉そうに恋愛相談なんかやってる。オヤジみたいになりたかったから」
「オヤジ。君の師匠だね」
オヤジと呼ばせてもらっているが、決して父親というわけではない。
「オヤジは俺みたいにイケメンじゃなかった」
「師匠にそれは辛辣じゃない?」
だって本当だもん。それ言うとコブラツイストされたけど。違う、俺が言いたいのは……
「だが、沢山の女性にモテてた。愛されてた。だけど誰一人として泣かせるような真似はしなかった」
「何股?」
「違わい。それほど男が出来てたってことだよ。そんなオヤジの恋愛相談は見事だった。相談しにきた女の子がうっかり惚れちゃうくらいにな」
相談者は皆幸せになって帰っていってた。ゴタゴタも綺麗に円満に解決させてた。ストーカーだとかDVだとかのおっかない事件も、外見のゴツさと凄みとこれまでの経験によって被害者を救い出した。
「憧れそのものだったんだよ。オヤジに言ったらそんなに持ち上げんじゃねえって、怒られるんだけど。でも、オヤジも人間だった。病には勝てなかった」
「そうだったね。君の師匠は……」
「……俺には当時付き合っていた子がいた。俺はイケメンだが俺には勿体ない程のいい子だった。可愛かったし、気配りも出来てたし、料理も上手いし。そんな彼女には夢があって、プロのパティシエになることだった。なれると思った」
ちょいちょい挟まれるイケメンアピールに眉を潜めつつ、ヤツは黙って話を聞いている。俺は煙草の吸殻を長らく使われていないガラス製のゴツい灰皿に押し付けた。……ダメだ。もう一本くらい吸わないと。その様を植雄がやめればいいのにって顔で見てくる。そっとしておいてくれ。
「察しがついたと思うが、彼女は海外に行くと言った。プロになるなら、その道を極めたいなら、そこで勉強する必要があるからな。で、だ。俺に選択が迫られた。彼女に着いていくか、残るか」
「君」
「ちょうどその時だよ。オヤジの容態が急変したの。もう選択肢なんかなかった。迷わずオヤジの元へ走った。……オヤジには怒られた。人工呼吸器まで外して怒鳴りかかってきた。お前どうしてあの子の傍にいてやらなかった、って。ナースと医者が一生懸命押さえ付けてさ」
そのときの俺はもうわけがわかんなくなってた。頭の中グッチャグチャだし、彼女とは一緒にいたかったし、だけどオヤジが死ぬかもしれないし、そのオヤジには怒られるし、何故か涙は止まらないし。ただ誰とはなしにごめんなさいごめんなさいって謝り続けてた。
「そうやってやっと鎮静化させて……あんな剣幕で怒鳴ってきたけどオヤジ、だいぶキていたんだ。段々心電図の音が弱まってくのが怖くて、オヤジも大人しくなっちゃったし。嫌だ、嫌だってガキみたいに喚いて……そん時、駄目だっつうのにまたゆっくりオヤジが呼吸器外して」
手が震える。その手で難儀して煙草を摘まみ、煙を長々と吐き出した。
「『バカが。これでお前、独りになっちまったんだぞ』そう言って、オヤジは死んだ。……家に帰ったら、留守電が入ってた」
「もういいって、透」
なにがもういいだ。とことんまで付き合ってもらうぞ。また独りに戻るのはごめんだ。
「彼女からだ。彼女は海外に旅立った。留守電には俺へのメッセージとか、これからどうするかとか、いろいろ吹き込まれてたはずだがほとんど覚えてねえや。だけどたったひとつ、ハッキリ覚えてることがある」
「それって……?」
「『これでこっちに来るような貴方だったら、私はきっとこんなにも好きになっていなかった』ってよ。迷わずに師匠を取った俺だが、咎めるどころかそれを良しとしてくれていた。病院で泣き腫らしたけど、また泣けてきちまった。その翌日のツラは過去最高に不細工だった」
未練がないわけではない。だけど、今は彼女の幸せをただ願っている。それから、立派なパティシエになってくれることを。あんないい子だ、俺なんかよりもずっといい男と、いい家庭だって築くだろうさ。埃被った灰皿に、強く吸殻を押し付けた。
「……はい。俺の話、終わり。冷蔵庫どうだ、ぜってーなんかあるだろ。愛のなんたるかを学べバカ」
言われるがまま、植雄は冷蔵庫のような箱を開き、そこからなにか取り出した。閉めようとしたが、まだなにか入っていることに気付き、もうひとつ取り出した。
「これ……」
ひとつは、見た目はだいぶひどかった。無骨で、無駄に量もあった。これは……オムライスで合ってるか?
「オムライスってやつだよね?僕の知ってるそれと違うっていうか……いただきます」
そう言って植雄は手を合わせ、オムライスっぽいそれを食べ始めた。もうひとつのほうは比べ物にならないほど繊細で美しい見た目だった。ケーキだ。真っ白で、凝った装飾が施されている。
「……あったかい。ってか、熱い。はふ、でも、美味しい。無骨なんだけど、しっかりしてて……でも優しくて、ちょっとっていうかだいぶしょっぱいんだけど……あれ、なんで」
「しょっぱいってお前、泣いてるからじゃねえか?なに泣いてんだ、お前が」
ヤツは口の周りにケチャップをつけ、頬張りながら涙をぽろぽろ溢していた。なんかなあ。俺と同じ顔だから複雑な気分だ。
「ぐす、これさ、卵固くない?でもこういうのもいいね」
「俺が作ったんじゃねえし!あー、けどオヤジが昔作ってくれたオムライス、卵固かったかも。はは」
言ってるうちに、ヤツはぺろりと大盛だったオムライスを平らげた。それからケーキにフォークを入れる。
「ふわふわだ。甘くて美味しい。だけど甘すぎなくて……見た目通り繊細で……あ。中身も凝ってる。この緑のってピスタチオっていうんだったっけ。のムースとベリーのソース。うん、食べ飽きさせないな……」
これ食いながらも泣いてる。うーん。俺があのとき泣き通しだったからなのか。泣きながら食って食リポして、器用なヤツだぜ。
「ああ、食べる人を常にびっくりさせるお菓子を作りたいって……彼女言ってたなあ、そういや。うめえか?うめえな、よかったよ」
大盛のオムライスよりも遥かに早く、1ピースのケーキはヤツの腹に収まった。これでアイツも助かるだろう。
「ん?あれ?待って透、まだなにか入ってる」
「あ?冷蔵庫?心当たりねえぞ、何が入ってる?」
植雄は冷蔵庫からマグカップを出した。飲み物?
「コーヒーだ。コーヒーだね?これ」
確かに辺りにはコーヒーの香りが立ち込めた。そうだろうな。俺は頷いた。
「ブラックか?お前ブラックコーヒーなんか飲めんの?」
「ちゃんとミルクと砂糖もあったよ。けどさ、そのまま飲んでみたいじゃん」
言いながら、植雄はフーフーとコーヒーを冷ます。猫舌なのか、こいつ。ある程度フーフーしたのち、ぐびっと飲んだ。思わずうわあ、という顔をしてしまう。
「…………う、うえぇ……に、にげえ……」
「言わんこっちゃねえ!!バカ!まだ遅くねえ、砂糖とか入れろ!」
「苦いし濃いし……なんとなく思うけどたぶんこれ美味しい淹れ方されてないんだよね……取り敢えずかっこつけて淹れてみました、みたいなさ……」
砂糖とミルクをどぼどぼ入れ、かき混ぜながらなお苦い顔をしたままリポをするヤツには最早感心する。
「……うん。美味しい!これなら美味しい!本当はちゃんと美味しいんだよね。ただ淹れ方間違っちゃっただけで」
「はいはい。何よりだよ。しかしそのコーヒーに関してはまじで心当たりないんだけど。それも愛なの?なんの愛なの。誰?」
飲み干し、満足げな顔の植雄を見る。……ま、誰だっていいか。こいつが腹一杯になって、満足そうだし。こんな感じでヤツにはちゃんと美味いもん食ってもらいたいけど俺はネタ切れだ。どうするか。……そうだ。
「あ行、今度の休みピクニックにでも行くぞ。その冷蔵庫持って」
「ピクニックかい?いいね、どこに行こう?」
「どこにでもだ。お前に色んな愛でも見せてやろうと思ってな。あるところにはあるんだぜ」
そうさな、きっと、お前がもう食えねえって音を上げるくらいの。そんで、そう悪いものばかりでも良いものばかりでもないってのを知ってほしい。なんてな。
「そうか。そうか!楽しみだね、相棒!」

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