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Tokyo 所感

 年明けに投稿するつもりが、テストや、めんどくさがりな性格なために久々の投稿となりました。

 さて、突然ですが、昨日までの6日間、東京へ恋人と旅行へ行きました。とはいえ、恋人は実家が東京なもので、ずっと一緒というわけではありませんでしたが、非常に良い旅となりました。

 今回、この場で書こうと思っているのは、その恋人がどれほど素敵かをデレデレと惚気るのではなく、東京という街で見つけた、自分の忘れかけていたけど前とは少し違う「思い」のようなものについてであります。

 そのような所感に触れる前に、少し、自身の昔話をします。

 東京には親戚もおり、小さな頃から大きな憧れがあり、高校のころには、東京の大学へ進学することをすら夢見ていました。

 その時の「東京」に対する、行ってみたい、住んでみたいという憧れとは、今振り返れば、やや陳腐であったと感じます。というのも、「東京」は人・もの・場所、何でもそろった完全な街であるという理想郷のように思っていたからです。一方で、その中に、私自身が生きれる居場所はあるのだろうかという恐怖にも似た感情も湧くこともありました。

 しかし、受験などを経て、その感情を一旦忘却することになります。

 話を現在に戻します。大学入学後、自分の価値観をいつの間にか変えてくれる素敵な友人や恋人に出会い、生活や趣味なども変化し自分の大まかな「核」となるようなものができました。

 今回の旅行では、そのような「東京」への感情が再び湧き出るだけではなく、そのような「核」のおかげで、街の雰囲気に流されることなく、東京の持つ普段見えない顔をよく見ることができました。

 公園や駅前で音楽活動をする人、商店街で行きかう人たちへのセールス、電車から溢れてくる大量の通勤者・・・これらは当たり前の日常のスナップショットであり、それが彼ら彼女らの生活そのものなのですが、東京で何らかの生活をしている人々は生かされている人間と生きている人間の2パターンがある、そんな気がしました。どっちが良いとかは、それぞれの人生ですから何も言うことはありません。

谷中銀座の雑踏

 ただ、いずれ東京で生活することになるのなら、するつもりでいるのなら、私は後者の人間でいたい。東京という街にいなくても、そのような生活を心がけたい。そのように強く思いました。

 そのような生活を自分でできるようになるためには、大学生という身分を利用して、いろいろな物を五感で感じ、自分のブランドを創り上げることが大事だなと思いました。

 これいいなって思ったことを、ちょっと試してみる。

 普段行かないところに行ってみようと思ったりする。

 何か面白そうなこと、モノがないかアンテナを張ってみる。

 きっと、多くの人がこのように思うけど実践できないことだと思います。

 時間がある今を大切にしたい。そう改めて強く思える東京旅行になったと思います。

 長々と駄文にお付き合いありがとうございました。


 

 

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北海道で大学生をしている。やりたいこと沢山で進路模索中。no rain no rainbow をモットーに緩くのんびり生きます。