見出し画像

ゆっくりときづいてきたこと

ACの本は読んできたが、共依存の本は読んだことがなかったのと併せて、海外のこの手の本も読んだことがなかったので、共依存×海外著者でよさそうだったこの本を読んでみた感想。


「あなたは、楽観的でなければなりません」
できないことを見つけてくる共依存の人はたくさんいます。
それはもうやめましょう。「だれとも信頼しあえない」という悲劇的でゆううつなシナリオを、「自分には人とうまくやっていく力がある」という明るく楽観的なイメージに変えるときです。自分への信頼感が強まれば、壁は崩れはじめ、あなたが選んでしまった孤独から自由になれます。壁の外側には、あなたが探し、あなたを求めるたくさんの人たちがいるのです。

悲観的な方が得意だから、この言葉はズシっと響きましたな。
自分への信頼感ってちょっと前なら聞き流していたけど、少しづつ自分に対して肯定的になって、環境が変化している今ならわかる。


どれだけ多くの人と友だちになっても、たいていの人は、共依存の人が期待するほど自尊心や自己受容を与えてはくれません。そのため、共依存の人は苦痛と不満を感じます。それでも、あきらめたり反省したりすることはなく、最高の友だちや知りあいをつくるためにこれまで以上にがんばります。申し分ない相棒になろうとして、必死に格闘しても、ゴールにたどり着くことができません。自分が自分の親友になることを、学べていないからです。

はぁ〜〜〜(腹の底から)わかる〜。
期待通りにならなくて、自分に原因があると思って、頑張るけど空回りしすぎて疲れるやつね。
自分が自分の親友のところは、本当その通りで、まずは己を知らないと、周囲と適切な距離での関係がつくれないよね。


共依存の人は、たいていの場合、人を寄せ付けるのに苦労はしません。なぜなら、自分の宿題は放っておいても人の宿題を手伝ったり、人の車がこわれてしまったら自分の車に乗せてやったりするような人間だからです。たまたま人がトマトが好きだと言ったら、自分もトマトが好きだとしても、サラダのトマトをあげてしまいます。家族内の問題やデートでの大失敗、仕事選びの悩みなどを聞いてもらいたいときに、頼られるタイプの人間なのです。自分が気にかけている人が互いに言いあっているときには、仲裁人として間に入るかもしれません。

私のことを言われているのかと思った。


気くばりや忍耐力、ていねいさ、そして人への共感力は、共依存の人が持っている素晴らしい資質です。人を育て、助け、そして寛大であるという能力があります。問題は、この美徳を発揮して、自らを犠牲にしてまで人につくしてしまうことです。めんどうを見る性質と健康的な利己心との釣りあいがとれていないので、自分のエネルギーが人に利用され、すっかり奪われてしまっているように感じることがあります。

AC、共依存の文献で、大抵問題点や原因の方がメインに書かれているので、反省の気持ちの方が多かったが、ポジティブポイントを取り上げてくれてすごく嬉しかった。


共依存の人は、自分の人生を生きるのではなく、人のために生きるようになります。一度親しい関係になると、人がどう感じるかということのほうが、自分がどう感じるかということよりもずっと重要になります。人の心や気持ちを読むことで神経を消耗させて、自分の心や気持ちには注意をはらいません。インナーチャイルドはこれまでと同じように無視されます。

これってほぼ無意識化でこの思考回路になっていくから、自分を踏みにじってしまってる感覚があったことすらわからなくなってるし、気づいたところで痛覚を取り戻すのにすごい時間がかかる。


あなたは幸せになっていい

そろそろこの本も終わりに近づいています。自分が読んだことについて考え、練習を重ねているのならば、生活のなかに何かしらの進歩が見えてきたのではないでしょうか。あなたは自分を好きになり、尊敬し、信頼しはじめています。そして、人は心を開き、分かちあおうとしているでしょう、境界も設定しつつあるでしょう。あなたは、初めて自己肯定感が持てるようになり、幸せを感じ、人生に夢中になっています。あなたが典型的な共依存からの回復者であるなら、この喜びの感情にはちょっと慣れにくいかもしれません。それなら、最後にもうひとつだけ練習する必要があります。大きな紙にこう書いて部屋にはっておきましょう。

「幸せでも問題はない!」
実際には問題がないどころではありません。成長をしつづけるためには、幸せであることはもっとも大切なことです。ところが共依存の時にみじめな感情に慣れすぎていたために、あなたはあんまり楽しいとかえっていごこちが悪いのです。ものごとが順調に運びすぎるがために、自己疑念や罪悪感に陥りだしたら、「幸せすぎても問題はない、楽しくても問題はない」と思いだす必要があります。自分の人生をできるかぎり幸せに、毎日を精一杯楽しむのは当然のことなのです。あなたには、その権利があるのです。

私の心を読み透かしたかのように、最後にこの文章がきて目頭が熱くなった。
どちらかと言えば、最近の私は以前より回復傾向にある。
しかし、基準値が歪んでいるので、「幸せ」の感覚が居心地悪くて、私なんかが幸せになっていいのか真剣に悩んでいた。

でも、この文を読んで私には当たり前に幸せになる権利があるし、何も後ろめたいことではないということに気づけて安心した。


時間をかけて認知の歪みが治りかけていたり、生きるのが少しずつ楽しくなれているけど、ふとした瞬間に出る気持ちや考えが、昔の私に戻そうとするので、日進月歩で徐々に1人の頭だけで考えすぎず、読書をしたりして生きやすくなっていこうと思う。







この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?