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ニセモノ竜騎兵と最後の晩餐

毒竜は怒り狂い、生贄の娘を投げ出すように吐き出した。
生贄は生贄でなかった。その右腕に噛みついた瞬間に分かった。こいつは人形だ。
人間共め!どんな小細工を使ったか知らないが、この俺を人形などで欺こうとは。彼は住処の泉がある洞窟の外を睨み付けた。光が差し込んでいる。
毒竜は娘に目もくれず、洞窟の外へと飛び出して行った。小賢しい人間共を引き裂いて、この俺を騙そうとしたことを後悔させてやる。
外の光は久しぶりだった。彼は一瞬目が眩んだが、構わず怒りのままに咆哮を上げた。涎が地面に落ち、ぶすぶすと煙を上げた。
何も聞こえなかった。人間共め、この俺を恐れているのか。
目が光に慣れてきた。彼は手近な人間を探そうと辺りを見回した。だが彼の見たものは、予想とは違っていた。
まず生贄を見張る役目の人間はいなかった。あるはずの社もなかった。鬱蒼とした森もなかった。年中ぬかるんでいる地面もなかった。
毒竜の目に映ったのは、一面の荒野と青い空であった。
いかな強大な力を持った毒竜とて、これには面食らった。行き場のない怒りと困惑が、喉の方でぐるぐると音を立てて漏れ出た。
「…気は済んだ?」
人間の声!彼はそちらを見た。そして二度驚いた。
生贄代わりの人形が喋っている!
毒竜は改めて娘を…人形を見た。先ほど捥いでやろうとした右腕は、肉が引き裂かれ骨が見えていた。尤も娘は人形だからか、何やら肌色の餅のような肉の下に鉄の骨が見え、火打ち石で散らしたような火花がそこから散っていた。…血すら流れているようには見えない。人間の小賢しさも、ここまでくれば感嘆に値した。
娘はさらに口を開いた。
「お腹減ってるでしょう。人間を喰い殺したいんでしょう。…私は私を作った奴の場所を知ってる。あんたの望むもの…ナマの人間が、そこにいる。私と協力しない?」
毒竜は人形の態度が気に入らなかった。彼女の言葉からは、死への恐怖が一切感じられなかったからだ。

【続く】

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