安楽椅子のレジスタンス

「お願いします、どうか主人の死の真相を…」
目の前の婦人はさめざめと涙を流す。
「…婦人、お分かりでしょうが」
俺は棚の上に置かれた国家元首様の像にちらりと目をやる。
「『真相』なんて言葉は…その、よくない」
「あら…!ごめんなさい」
婦人は途端に青ざめた。慣れてない客はだいたいやってしまう。こういうときのフォローもプロの仕事だ。
「珈琲でも飲みますか?」
俺は国家支給品陳列棚へ向かうと、
「おっといけない!」
棚に詰まった物品を下にぶちまけた。わざとそうしたのだ。棚の上の国家元首様は雑多な物品の下敷きになり…その「目」は覆い隠された。今のうちだ。
「…で、何があったんです?…なるべく早口で!」
「え…ええ!」
彼女が言うには…先日彼女の主人が何者かに殺された。ふつうそういう事件の類は秘密裏に全国民に埋め込まれた管理チップですぐに犯人が分かるのだが、今回は何らかの理由で分からなかった。
「私には大金が振り込まれました…でも!いくらお金を積まれても、主人の死に目を瞑るなんて…」
こういうことはたまにある。ここではそういったエラーは解決するのでなく目を背けるのがルールだ。…間違いを指摘すれば、それは「偉大なる国家元首様」の権威を疑うことになる。再教育センター行きだ。
「わかりました、お受けします」
俺は破片の山から国家元首様を拾い上げ、「申し訳ありません、偉大なる我らが父上」お世辞を言い、そいつを元に戻した。およそ一分。これなら怪しまれない。

いくらか会話を交わした後、彼女は帰っていった。
俺の仕事は…そう、探偵だ。俺の机の底にある、今はもう御禁制の小説やマンガに出てくる…まさしくアレだ。
俺は窓から街を見下ろす。国家元首様の目や耳は、この灰色の空の下全てを見張っている。窮屈だ。だが俺は探偵をする。真実を求める人のため…そして自分のため。

【続く】

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