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Common : Like Water for Chocolate

前回に続き Common の 4th アルバム『Like Water for Chocolate』(00年)を聴く。

傑作 3rd アルバム『One Day It'll All Make Sense』(97年)をリリースした Common はその活動の拠点を Chicago から New York へと移し、ネオ・ソウルおよびオルタナティブ Hip-Hop を志向する音楽集団 Soulquarians に合流することになる。

ちなみにこの "Soulquarians" の名称は、ファウンダーである Questlove (The Roots), D'Angelo, James Poyser, J Dilla が全員みずがめ座(Aquarius)だったことに由来するそうで、その音楽的な特徴は Questlove 曰く「オフビート・リズム、型破りなコード、多重ハーモニー (“off-beat rhythms, unorthodox chords (and) stacks of harmony.”)」とのこと。

Soulquarians の参考記事
Love, Peace and Soulquarians by Michael Gonzales (原文 : 英語)
The Soulquarians/ソウルクエリアンズが黒人音楽史にもたらしたもの (日本語意訳)

前作のレビューでも触れたけど、初期の3作品は Common と同郷 Chicago 出身の No I.D. によるプロデュースだったが、今作ではエグゼクティブ・プロデューサーに Questlove に向かえ、全16曲のうち11曲で J Dilla がプロデュース、名実ともに Soulquarians による制作アルバム。

特にこのアルバムがリリースされた2000年は、D'Angelo 『Voodoo』, Slum Village 『Fantastic, Vol. 2』, Erykah Badu 『Mama's Gun』と Soulquarians 作品が続々とリリースされた年でまさに豊作の一年だったと思う。

アルバム・タイトルの『Like Water for Chocolate』は、メキシコの女流作家 Laura Esquivel の小説『Como agua para chocolate』(89年)を英語訳したもの。92年に映画化もされ、日本では『赤い薔薇ソースの伝説』との邦題で原書の日本語訳出版、映画公開された。私は未読・未聴だけどこの印象的なタイトルは記憶にあるね。でも原題とは全く関係ないとは...

元々はメキシコの慣用句だそうで、ラテンアメリカのいくつかの国ではホット・チョコレートを作るのに牛乳の代わりに水で作ることがあり(水を沸騰させ、その中にミルクチョコレートの塊を落としてホット・チョコレートを作る)、ここから「情熱」や「官能の高まった気分」、「胸の中でふつふつと燃え上がる怒り」などを現すことがあるそうな。

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で、このアルバム・ジャケット。かなり衝撃的。一見、昔の何気ない日常の一コマのようでいて水飲み場の ”COLORED ONLY” がアメリカ社会の根深い問題、すなわち今年2020年5月ミネソタ州ミネアポリスで発生した事件をきっかけに沸き起こった「BLM」の本質を端的に現している。それを踏まえて考えた時に、Common の発する『Like Water for Chocolate』とはどのような意味を持つのだろうか。

さてレビュー。

海鳥と潮騒の音で始まるオープニング曲(1)『Time Travelin' (A Tribute To Fela)』は、タイトルにあるように "ブラック・プレジデント" Fela Kuti に捧げられたナンバーで Fela の息子 Femi Kuti が参加。ジャス・トランペッター Roy Hargrove のホーンと Native Tongues 一派への客演の多い Vinia Mojica のスペイン語で唄うとも語るともつかぬボーカルにコロコロ鳴るコンガでスタート。これは完全に D'Angelo 『Voodoo』と地続きでつながるアフロ・ジャズ・グルーヴ。アフロなんだけど決してアツくならず、Common のフロウは終始ヴォコーダー処理されていて時間と空間を超え静かに覚醒してゆく。プロデュースには D'Angelo, Questlove, James Poyser, J Dilla の名あり。

続く(2)『Heat』のウネるようなグルーヴィー・ベース・ライン & クチュクチュ・ギターは、Fela Kuti の右腕とも称されアフロ・ビートの創造者とも言われる伝説ドラマー Tony Allen の『Asiko』(99年)からのサンプリング。突然ビートをオフする手法はプロデューサー J Dilla の得意技だが、フックでも彼自身がライミング。Hot Shit ...

(3)『Cold Blooded』では、Parliament 『Funkin' for Fun』(76年)のカッティング・ギター、Questlove の硬質なドラム、そして Roy Hargrove のトランペットという組み合せがスタティックなビートを生む。終始 J.B. のような声がコラージュされる中、The Roots からはさらに Rahzel & Black Thought が参加しておりさながら The Roots meets Common という感じ。D'Angelo がクラヴィアを弾いてるらしい。

(4)『Dooinit』のベースは Rick James の『Give It to Me Baby』(81年)からサンプリングしているらしいのだが、短くハサミを入れて繋ぎあわせているのか、よく判らない。スクラッチは絶妙だし、全編に渡って差し込まれるピアノがいかにも J Dilla の仕事で、特にフックのコード感を無視したようなピアノ・ラインは名人芸と言っていいでしょう。"C O double M O to the N"

どーでもいいけど Rick James のプロモ・ビデオが無駄にエッチなのが笑える。

(5)『The Light』はアルバムからの 2nd シングル・カットでグラミー賞ノミネート曲。 日本で絶大な指示を得たAOR の王子様 Bobby Caldwell の『Open Your Eyes』(80年)をモロ使い。スウィート&メロウな名曲そのまんまだが、Detroit Emeralds の『You're Getting a Little Too Smart』(73年)からラフで太ッといドラムを拝借することでビシッと芯が通り、Common の生真面目さが滲み出ているフロウとあわせて極上のメロウ Hip-Hop になっています。これはラヴ・ソングと言っていいでしょう。Billboard Hot Rap シングル・チャート 13位。(最後に突如出てくるアブストラクトなキーボードは Henry Kaiser の『It's a Wonderful Life』(80年)。これはどういう意図?)

Erykah Badu をリード・シンガーにフィーチャーしたリミックスも秀抜で、もはや全く別のソウル・ミュージックになってる。J Dilla 先生さすがです。

(6)『Funky For You』では、両名とも Philadelphia 出身、Bilal と Jill Scott をフィーチャー。このアルバムがリリースされた時点では二人とも 1st アルバムのリリース前でほとんど無名だったと記憶しているが、その後の活躍を知ると、才能のある若手に活動の場を提供する彼らの懐の深さというかコミュニティーの素晴らしさは羨ましい。特に Bilal は以降の作品でもかなり Common に取り上げられている。

曲調はミディアム・テンポのファンキー・チューンで、J Dilla と James Poyser プロデュース。

Mos Def をフィーチャーした(7)『The Questions』はドリーミーな佳曲。硬質なドラム・トラックに Monie Love が優しくささやくように唄うメロウな雰囲気が A Tribe Called Quest の『The Love Movement』(98年)を思い起こさせます。Mos Def の理知的でクールなライミングとの相性はバッチリ。

(8)『Time Travelin' Reprise』はタイトル通りオープニング曲のリプライズ、1分半程度のインタルード的作品。

後半は必殺の(9)『The 6th Sense』でスタート。アルバムに先駆けてリリースされたシングルで DJ Premier プロデュース。冷静に聴くとこのアルバムの中では異質でゴツゴツとした手触りのナンバーだが、とにかくプリモ節炸裂の大傑作。

The revolution will not be televised / 革命はTVには映らない
The revolution is here / 革命は今ここで起こっている
Yeah, it's Common Sense, with DJ Premier / オレ達は Commonと DJ Premier
We gonna help y'all see clear / オレ達がすべてハッキリさせてやる
It's real hip-hop music, from the soul, yo / これが魂のリアルヒップホップだ

不穏なサイレンに始まり rugged なビートに The Intruders の『Memories Are Here to Stay』(73年)からホンの一瞬を聴き逃さずフリップし繋ぎ合せループさせる神技、スクラッチは鬼気迫るコスリ、フックでは Mobb Deep の『Allustrious』(99年)から「This is rap for real, something you feel」をサンプリング、そして Bilal の魂の叫び!! これでアツくならない奴は信用したくない!! Hot Rap チャート14位。

(10)『A Film Called (Pimp)』では同じく Bilal とフィメール・ラッパーのパイオニア的な存在の MC Lyte をフィーチャー。ボアッと鳴り響く重低音ベースとシャリシャリのタンバリンで刻むミディアムBPMナンバー。途中でフルートも絡んできてアブストラクトな印象。最後のサンバは Bill Summers の『Brazilian Skies』(76年)。

(11)『Nag Champa (Afrodisiac For The World)』はウットリ夢見るようなスロウ・チューン。幻想的な楽曲の多い Hugh Hopper and Alan Gowen から『Morning Order』(80年)をサンプリングしてるようなのだがよく判らない。フックは J Dilla が唄っているのかと思ってクレジットを調べてみたら Slum Village の T3 と Baatin の名が。気が付きませんでした。

浮遊感たっぷりの(12)『Thelonius』のフワフワ・キーボードは Steve Miller Band の『Space Intro』(76年)からサンプリングされているらしいのだがどうとでも言えるしなぁ。でこれはハッキリと T3 と Baatin がライミングしてて、プロデュースが J Dilla なのでさしずめ Slum Village meets Common の様相。

James Brown 御大の『Payback』(73年)から声ネタを頂戴した(13)『Payback Is A Grandmother』はダークなヘヴィ・ファンク・チューン。Common のフロウはどちらかと言えばノーブルなタイプなのでこの手のヘヴィ・スロウは変化が少なくちょっと面白味に欠けるかな(M.O.P. みたいなブチギレMCだと迫力あるんだけど)。 Mista Sinista のスクラッチはかっこ良し。

(14)『Geto Heaven Part Two』では The Family Stand の同名曲『Ghetto Heaven』(90年)からサンプリングしているとのことだがあまりに曲調が違うので判りませぬ。D’Angelo が大々的にフィーチャーされていてピアノも彼が弾いているらしく、Questlove のドラムも相まって完全に「D」印になってます。もちろんメロウなソウル・ナンバーで素敵な曲。それにしても D’Angelo の濡れたようなファルセット・ヴォイスが聴こえた途端に「Dの世界」になってしまう彼の磁力がスゴイね。
ちなみに 3rd シングル・リリースされたが、Macy Gray がフィーチャーされたリプロダクション・バージョンで別モノと言って良いかも。Hot R&B/Hip-Hop チャート 61位。

本作最大のクライマックス(15)『A Song For Assata』では元 Goodie Mobb の CeeLo をフィーチャーした"魂の唄(ソウル・ミュージック)"。前作の『G.O.D. (Gaining One's Definition)』で共演したときは Goodie Mobb のメンバーだったが、その Goodie Mobb を離れ再び共演。『G.O.D.』も良かったけどこの『A Song for Assata』はさらに素晴らしい!! James Poyser が大活躍で、グルーヴィーなベースはもちろんフェンダー・ローズとオルガンも Poyser だそう。そしてなんと言っても圧巻なのがコーラス・パート。CeeLo の悲痛ともとれる歌声には心が揺さぶられる。初めて聴いたときは涙が出て鳥肌が立ったよ。

I’m thinking of Assata, yeah
Listen to my love, Assata, yeah
We’re molded from the same mud, Assata
We share the same blood, Assata, yeah
Your power and pride, so beautiful
May God bless your soul

リリックはブラック・パンサー党の Assata Shakur (2PAC の義叔母でもある)について語っているらしくメッセージが込められているはずなのだが、私の英語読解力では...

ラストの(16)『Pops Rap III... All My Children』は恒例の Common パパ登場。ヴァイヴやトランペットを使ったジャズ・トラックをバックに Common パパ Lonnie "Pops" Lynn が語りかけてくる。

今作も全16曲、77分強の大作。1枚まるごと集中するのは結構しんどかった。。。

これ以降にリリースされた『Be』(05年)や『Finding Forever』(07年)も良いアルバムだと思うけど、2nd, 3rd, そしてこの 4th の流れは神憑り的。未聴の人は3枚まとめて大人買い!!


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