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005 (建築の)行間を読む

 どうも、シタシマです.本日も書きまっせ―.

 今日も建築の話です.みなさんは建築雑誌や書籍で建築を見るとき、どんなことに注意されているでしょうか.建築を誌面で見るなど、体験とは別のかたちで建築に触れる際に気を付けなければいけないことについて、今一度意識しないとなあと思ったのことがありましたので、共有します.

 「建築系ラジオ」というメディアがあるのですが、その中の「下関市川棚温泉交流センターのプロセスから」という、当時隈研吾事務所に勤めていた藤原徹平氏と自身で建築設計事務所を主宰されている西村浩氏による対談を聞きました.司会には建築史家の倉方俊輔氏が入られています.収録が2010年なのでおよそ10年前なのですが、建築設計のプロセスを設計者自ら話すという非常に勉強になるコンテンツでした.またプロセスばかりでなく、学生についても言及されていて、それについて共有したいと感じたので、今こうしてキーボードを叩いています.

 ラジオで話されていた設計プロセスに関して詳しくまとめると、とても長くなってしまうので、知りたい方は収録されたラジオを聞くか、書籍『PLOT06 隈研吾』をチェックしてみてください.
 
 さて、ぼくが共有したかったことですが、藤原氏が学生に対して言及されていたのは、

・建築を写真だけで見てしまう
・話される言語をそのまま捉えてしまう

という2つです.これらが言いたいことは共通していて、「見えてない、書かれていないことに大事なものがある」ということなんです.つまり行間を読むという予感や直観力.これらを養うことが建築をどんどん深く見られるようことに直結するのだ思います.
 これぼくには思い当たる節があるのですが、雑誌なんかでも写真や論考ばかりに目が行ってしまうんです.しかしそれはあくまで表層で、その空間を成立させているものが何なのかを、もっと丁寧に時間をかけて読み取っていくことが設計につながっていくのだろうと思います.その解釈が正解不正解とにかかわらず、何かつながるはずです.同じく建築家の五十嵐淳氏も「同じ建築を、期間をあけて3回は見に行くのがよい」とどこかでおっしゃったように、ぱっと見ただけでわからないのが建築の難しさであり、奥深さなのでしょう.

 藤原氏は自身の担当した交流センターについて

「ある時間帯のある姿を見て、ああこんなもんなんだと思われるとかなりつらい」

と述べています.建築と向き合うのに時間が必要だということが、よくわかる声だなあと、とても興味深かったです.

 時間をかけて見る、わかった気にならないということを、肝に銘じたいと思います.

ではまた.

以下、今回登場したラジオと書籍です.あわせてぜひ.

こちら建築系ラジオのリンクです.
http://architectural-radio.net/archives/100613-3313.html



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