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「原体験」の深掘りVol.1(英語嫌いの自分)

寒くて4時頃に目が覚めたよ。。。
さすが東北!冷えますねぇ。

私の体感としては、すでに真冬。
でも、本当はまだ10月で、世に言う「秋」な訳で、

これから先の東北での生活がもはや想像できません。。。


そして、昨日のnote初投稿がよほど嬉しかったらしく、
目が覚めてからまっすぐにnoteに向かっちゃった♪

「嬉しい!」とか「楽しい!」って、ほんと原動力になるよね。


さて、その昨日の記事では
オンラインで受けた「原体験ジャーニー」のワークについて書きました。


まずは「基点の5項目」を書き出す作業をしたわけですが、

おさらいすると:
1:今やっていること
2:時間を忘れてできること
3:好きな言葉
4:やりたくないこと
5:将来やりたいこと
を書き出してみる、が最初のワークでした。


今日は、この1つづつの回答を深掘りしてみて
見えてきたこと、感じたことを書こうと思います。

そう言えば、今日の記事のトップ画像に使ってる写真は
2013年に登った長野県の涸沢(カラサワ)って場所です!
当たり年だったらしく、最高の紅葉でした!綺麗でしょ?


さて、話しを戻して、
ワークでは、最初に5つの質問に5分で答え、
次に1番から順に各5分ずつ
「ナゼ?」と問いかけて深掘りしていく、
という流れでした。

なので、私もその手順に沿って、
今日は1番から深掘りしていきたいと思います。

せっかくなので、皆さんもぜひ書き出してみてくださいね。
書き出す際は、紙に手書きでも、スマホやPCでも、
自分の好きな方、手軽にできる方法で良いそうですよ。

では、私バージョン、参ります。

「1:今やっていること」

英会話レッスン
(注:実際には今は翻訳メインですが、また英会話レッスンしたいので!)

「ナゼ?」

自分が全く英語が話せなかったところから、
話せるようになって嬉しかったから。
(注:私はもともと、英語が全く話せなかったリケジョです。)

「ナゼ?」

英語を話せるようになって、気持ちが楽になれた、
自分を好きになれた、世界が変わった、
新しい仲間ができた、少し自信が持てた、
全く話せない自分を海外では色んな人が助けてくれて
すごく嬉しかったから。
(注:英語が話せなかったことへの罪悪感とか、
   "恥"って思いが当時の私を強烈に縛り付けていた模様!)

「ナゼ?」

多分、私と同じように、英語が苦手だったり、
英語にトラウマやコンプレックスがあったり、
同じように苦しんでいる日本人は多いと思うから、
もっと楽に解放されるってことを知って欲しい。
(注:自分のやり方を見つけてから英語を話せるようになれたので!)

「ナゼ?」

可能性が広がり、人生が豊かになり、
価値観の合う人に出会え、
選択肢が広がり毎日が楽しくなるから。

「ナゼ?」

自分を解放してくれる価値観を持つ人や
全く知らなかった世界を見せてくれる人、
世界中の全く生活も異なる様々な人に出会うことで、
不可能と思い込んでいたことが可能になったり、
窮屈と思っていた世界から解放され、
楽に、身軽に、心地よく、自分らしく生きられるようになるから。

「ナゼ?」

自分の居場所が見つかり、自分が好きになり、
自分への肯定感が上がり、
同じ志を持つ人と全世界で繋がれて、
自分の可能性も才能も、最適な環境で発揮できて
幸せな自分、大好きな自分になれるから。


はい、1番目の質問への深掘りはこんな感じでした。

今回のワークでは、5分間と区切って行いましたが、
「もうこれ以上出てこない!」とか「同じようなことを書いてるな」
ってところまで書き出すと良いそうです。


私の場合は、そうですねぇ、、、
改めて見てみると(実際に行ったのは数日前)
英語コンプレックスに苛まれていた時代の心の叫び(?!)が
浮き彫りになってますね、苦笑。

英語ができない自分=「恥」と思っていたみたい。
そうやって自分自身を追い詰めてたら、そりゃ苦しいよね。

まだ、noteのプロフィールも書いてないのでアレですけど、
私は中学時代からずーっと英語に拒絶反応があって、
高校からはずっと理系でした。

高校では物理専攻、大学・大学院では発生遺伝学専攻、
そして生物系の研究員として就職していました。

あの、白衣着て顕微鏡覗いてる感じのリケジョだったんですよ。
ただし、英語はからっきしダメな研究員だったわけです。


もともと丸暗記の教科は全て苦手で、
英語と社会がダントツに、明らかに、嫌いでした。

特に英語に対しては
中学校で授業が始まった時から「嫌悪感」。

まず、先生が嫌いだった、笑。(←思春期あるある。)
私の時代って、英語が話せない先生が無理やり授業してたしね。

「くっだらね〜!つっまんね〜!」
と、反抗期の私はやたら反発しておりました。(←心の中でね)

高校でも、くだらないゴロ合わせでギリ英単語を覚えたり
小テストは他のクラスの子の答案を借りてきたり(笑)

大学受験でも、「英語が無い大学」を探して、
数学と物理の2教科のみの受験でした♪
センター試験と二次試験の配分も2:8の大学だったので
センターの英語の点数なんてほぼ関係ない!

もちろん、大学に入ってからは、
いっさい英語の授業は取っていません!

「英語に苛(さいな)まれない人生、ばんざーい!」
と、青春を謳歌していたのも束の間、
学部の4年生くらいから研究室(ゼミ)に配属されるじゃないですか?

私は高校3年生の時に北海道大学の「遺伝子治療」の会見を見て、
急遽進路を「遺伝子系」に変更した人なので
(*受験ギリギリまでずっと美大に行きたいと思っていました。)
もちろん「発生遺伝学」の研究室を希望したのですが、
残念ながらそこで「英語論文」が出てくるんですよね。。。

当然、英語の論文なんて読めないので、
先輩に読んでもらったり、後輩ができたら後輩に読んでもらったり、
遺伝子名と数字だけ拾ってきたり。。。
論文の読み合わせ?みたいな日には必ず体調不良で欠席っていうね、苦笑。

ひたすら英語から逃げ惑う人生でしたねぇ。。。しみじみ。

就活の時でも、都内とかで外国人に道を尋ねられそうになると
絶対に目を合わせ無いようにして急いで逃げ隠れるっていうね。。。

当時の私は、そんな風に英語や外国人を拒絶し、逃げ惑い、
なんなら逃げ隠れる人だったわけです。


そりゃ、自分に自信持て無いし、自分を好きにはなれないよね〜


そう言えば、大学院入試って、専門教科と英語の試験なのよ!
専門教科は自信あったけど、
英語の試験で英文と大学受験ぶりに対峙した瞬間、
「あ、落ちたな」と、直感してしまい。。。

そこから、何を思ったか、院試の結果もまだ出て無いのに、
「傷心旅行」=「北の最果て」=「北海道」と思った私は
約1ヶ月間の放浪の旅(ヒッチハイクで北海道巡りました)に
突如出かけるのでした。。。

その後、心配した研究室の先生(当時はまだ助教授)が
わざわざ電話をくださって、北海道から大学へと無事に帰還致しました。
ほんと、今でも先生(今は教授)には感謝です。


そんなわけで、話しがだいぶ逸れちゃったけど、
とにかく、「英語から逃げ惑ってた当時の私」が思い出される、
そんな「原体験ジャーニー」の1番目の問いでした。

そんな私が、まさか英語を教える側の人間になり、
さらには英語を生業として生計を立てて独立するなんてね。

人生ってほんと不思議だし、面白いな〜って思います。


因みに、皆さんの「原体験ジャーニー」はどんな感じだったのかな?!
インスタライブじゃないからシェア出来なくてなんか寂しいね。

みなさんの「1番目:今やってること」は何でしたか?
それを「なぜ?」で深掘ってみたら、どんなことが見えましたか?

もし良かったら教えてくださいね!

さて、外も明るくなってきたし、今回はこの辺で。
まだまだ原体験ジャーニーは続きそうですね。。。

次は「2番目:時間を忘れてできること」の深掘りを書こうかな。
私の「時間を忘れてできること」は「写真・文章」でした。
たしかに、note書き出すと、手が止まらない!笑

なので、強制的にこの辺で!またね。

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中学から英語嫌いだった元リケジョ(発生遺伝学専攻)。アラサーでカナダに渡り、現地の方々の優しさに触れ、この人たちと英語で会話したい!と思ってから、自分でできる英会話の勉強方法を発見!帰国後、通訳や英会話講師として独立起業。https://youtu.be/0VskPRf40GY