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【実話シリーズ】人ならざる脳

オフロードバイクの業界にいる友人から聞いた話だ。

彼の知り合いにモトクロスをやっている父子がいたそうだ。子供がライダーを、父親がコースへの送迎やメンテナンスを含め、それをサポートするという形はわりと一般的だろう。時間も資金も必要ななかなかに大変な活動だろうと思う。とくにお父さんはたまの休日をそこに費やしてしまって身体を休める暇もないのではとお節介な心配すらしたくなってしまう。

親子鷹で取り組む、泥とオイルにまみれた日々の中で、レース中だろうか練習だろうか、ともかく息子が転倒する。

父親は子供を病院に連れていき、ヘルメット越しとはいえ激しく頭部を打ちつけたため、念のため脳を検査してもらったそうだ。脳内出血などの異常は見つからなったと医師に告げられた父親はほっとしたのも束の間、続いて驚くべき内容を告げられる。

「お子さんの脳はこれまで知られている人間のものとはまったく違う形をしてます。つきましてはこれを正式に研究させて頂けないでしょうか」

機能に異常はなかったものの様態に異状があった。

びっくりした父親は、子供が実験台にされるととっさに断ったそうである。これは早急に過ぎる判断であったかもしれない。フィクションにあるような危険な投薬や拷問じみた生体実験をされるとは(日本では)考えにくい。もしこの研究が進んでいれば、人類の新たな一側面が拓かれた可能性もある。

とはいえ父親からしてみれば無理もない話でもある。とりとめのない脳の研究などにかかずらってはいられない。息子が見世物になることは避けたいものである。今回の事故から日常に復すことだけが大事なのだ。

こうして父親は息子が少し普通の人間とは違うと言うことを知りつつ、努めて平静に振る舞った。しかし、競技を続けていれば同じような事故は起こりえる。またもや子供は転倒。病院に行って脳を調べる羽目になった。

周到な父親は前回とは違った病院を選んだそうだが、そこでも無事を告げる医師の言葉には続きがあった。

「それでお父さん、実は息子さんのことで折り入ってお話があるのですが‥‥」

「いいえ、結構です」

父親は逃げるように病院を後にしたそうだ。

友人によれば、その息子さんは多少ユニークなところはあるものの、同じ年ごろの少年と変わらぬ、ごく普通の少年だという。

『ヴィンダウス・エンジン』では、ヴィンダウス症という病気から寛解した患者の脳が構造変化を起こす、という設定がある。「菩提樹の実のような」と形容される寛解者の脳は、これまでに知られている脳とはまったく違っており、故に寛解者は特別な能力を発揮することができる。

この発想の源は友人から聞いた前述の話から来ている。「現実は小説よりも奇なり」とは陳腐なフレーズだが、それでも歳を経るごとにその妥当性を思い知らされる。


リロード下さった弾丸は明日へ向かって撃ちます。ぱすぱすっ