1.「人的資本の情報開示」研究会の活動について
なぜ、米国でヒューマンキャピタル・レポーティングが義務化されたか?その背景を「個人のキャリア」の視点から考えることを目的として、このような「サークル」を主宰している。(★新メンバー募集中★)
ここでは毎週、SDGsやESG投資の流れの中で「個人の働き方」をどのように変えていくべきかについて活発にディスカッションを行っている。
議論のための素材としては、私自身の講演資料、セミナー資料、書籍等の他に、人事やHRテクノロジーに関連する記事やSNS投稿の内容なども広く扱っている。
つい先日はこちらの連載対談記事(第1回~第4回)(以降、「Yahoo記事」と呼ぶ)について、私なりにコメントをまとめたうえで研究会メンバーからも様々な意見を聞き、3時間近く活発なディスカッションを行った。それによって自分の頭の中も整理し、「ジョブ型」を「今風に」捉えなおしてみようと試みた。
ここで、上記のサークル活動の方針として、普段はサークル内で閉じたディスカッションを行って議論のまとめ(記事)もサークルメンバー限定公開とするものの、月に一度くらいのペースでそれらの内容を広く(SNS等を通じて)発信していこう、というものがある。本noteの記事はそれを目的としたものであり、次節以降で「ジョブ型」の正しい捉え方について考察してみる。
2.「ジョブ・ディスクリプション」とは
Yahoo記事の中で最も気になったことであるが、まず、「ジョブ・ディスクリプション」(以上、「JD」とする)の定義が違う。そもそもタスクベースで定義すべきではない。Yahoo記事「第2回」の「識者コメント」も、残念ながら3人とも不正解だ。(ただし、牛島氏の「個別タスクは日々変わるから、それを書くのは危険」というのはそのコメントの一部のみが切り取られている感があり、コメントの内容そのものは正しい。「JDとは、タスクを記載するものだ」というのは誤りだ。)
「JDは役割を終えた」という議論はたしかに一時期あったのかもしれないが、JDはHRテクノロジーの登場・進展の中で価値が見直された。少なくとも、真の適材適所の実現(ジョブマッチ)やパーソナライズされた従業員体験の提供を実現する際の「共通言語」「共通のモノサシ」となるのだ。
ちなみに、ジョブ定義についてのあるべき姿(一応の正解と考えている)についてはこちらの記事を参照して頂きたい。
というのはまさにその通りである。ただ、この考え方をあらゆる職種に貫くべきだと私は考える。
メンバークラスにも抽象的な仕事(タスク)がある。したがってそもそもタスクベースで定義すべきではなく、スキルコンピテンシーベースで定義を行うべきなのだ。
3.「日本型」との折衷案
Yahoo記事「第2回」の中で、「日本型」については「(『エンジニア』等の)特定の職種で無限定雇用」という表現で説明されている。
また、次のような記載もある。
これらの制度・仕組みについては、「日本型」の良い部分は日本独自のやり方として残していけば良いのではないか。
ここで、サークル内で「折衷案」の是非についてディスカッションを行った。すると、メンバーからは次のような意見が出た。
4.異動・配置のあり方
同じくYahoo記事「第2回」の、
という点については、基本的にはむしろそうあるべきと私は考える。「キャリアオーナーシップ」はメンバー側に持たせるべきだ。もちろん、組織戦略上はその例外もあり得るわけで、企業側と出来るだけ対等な立場で建設的な話し合いを行えるような体制づくりが望まれる。
若手層はこれを望んでいる。特にミレニアル以降の世代にはデータで根拠を示すことも必要だ。
この論点について、サークルメンバーからは次のような意見が出た。
5.「ポジション」か、「人」か、
同じくYahoo記事「第2回」の、
という表現についてだが、「だけ」と書くとネガティブなイメージになるが、実はここは「主体的なキャリア形成」という観点からは重要なポイントとなろう。「就社ではなく就職」というやつだ。
この点に関しても、サークルメンバーから様々な意見が出た。
同じくYahoo記事「第2回」の中で触れられている
という仕組みも、「日本型」の良さとしてそのまま活かせば良い。
6.「人事権」について
他方で、
という点については疑問だ。それぞれの関係性が分からない。
まず、従業員自身が自分のキャリアを自分で考えていくというのは決して悪いことではないし、従業員の考えや希望を尊重して「成長に応じて動かして育てる」ことを企業側はなぜ出来ないのか?それをサポートするのも企業側の責務であろう。責務を全うするための人事権は必要なのではないか。
この点についても、サークルメンバーから様々な意見が出た。
また、そもそも「企業に人事権がなくなる」とあるが本当か。少なくとも、人事部から各現場に人事権が移行されるのではないか。
この点については、サークルメンバーから次のような意見が出た。
7.新しい「キャリア」のあり方
同じくYahoo記事「第2回」には、
という記載がある。私は、むしろそれが「ジョブ型」のメリットではないかと考える。
また、
という局面こそ、HRテクノロジーの出番だ。データの力で人に納得感を与えることが出来るようになる。「同意」も飛躍的に取りやすくなるのではないか。
性格特性、職業適性、求められるスキルコンピテンシー・経験等のデータを拠り所としてマッチ率を出すことができれば、「別のジョブ(ポジション)に行けばマッチ率が今現在よりも高まる」ということなども可視化して議論しやすくなるかもしれない。すなわち、「同意」を取りやすくすることにHRテクノロジーが寄与し、さらに従業員側としてみれば、これまで身につけることが困難であると思いこんでいたスキルを獲得するチャンスも広がるのではないだろうか。
この論点についても、サークルメンバーから様々な意見が出た。
8.ジョブ・ローテーションと適材適所
Yahoo記事「第3回」には、次のような記載がある。
というのは良いが、どうせやるならもっと科学的にやったほうが良い。「ヨコ異動」は「Lateral Assign」「Lateral Promotion」としてHRテクノロジー領域でも注目されており、これを如何に巧く、データの力で科学的に行えるかが真の意味の人材の流動性を高めることに繋がり、その結果優秀人材(特に若手層)のリテンションに役立つと言われている。
また、ISO 30414でも「内部異動率」という項目(Metric)があり、これは「垂直方向の異動」と「水平方向の異動」(ヨコ異動)の比率を算出せよ、というものであるが、暗に「水平方向の異動の比率を高めよ」とのメッセージが込められていると受け取るべきだ。
いわゆる「(日本の)ジョブローテーション」を柔軟に行うために、「玉突き人事」は1つの工夫だった。一番初歩的な、誰がやっても良い仕事を新卒で担う、個性がない仕事を担保する仕組み。
しかしながら、末端の「若造」についてはさておき、真ん中あたりの人たちに納得感はあるのか?「従業員体験」やエンゲージメントの向上のためには、やはり科学的手法の導入が必要になってくるだろう。それを実現するための具体的ソリューションは実際に存在しており、ジョブの定義があり、従業員側からスキル・コンピテンシーの情報がとれていればテクノロジーの活用により可能である。
ここで、「水平方向の異動」を科学的な方法で行い、真の流動性を高めることについて、サークルメンバーから様々な意見が出た。
同じくYahoo記事「第3回」には、次のような記載もある。
これからはここを強引な手法ではなく科学的なやり方に変えていこう、という話だ。
とあるが、そうでもないだろう。
以上のように、ジョブ型的発想をするとまずポストの数が決まり、足りないと無理矢理誰かを持ってくる、そして余るとクビ…という議論になっているが、「人よりもジョブしか見ていない」ということが逆説的に人を大事にすることに繋がるのではないか?
企業戦略上の設計に基づいたものであれば、まず初めに人を育成しておくべき方向性を考えるので、人に対して正しい育成の方法を示すのではないか?逆に、「まず人ありき」というのは無責任なのではないか?
「スキルエコノミー」「スキル中心の世界」ということが叫ばれる昨今では「まず人ありき」ではないことは確かだが、初めに戦略的にポジション(≒ジョブ)が定義されて、そこにはスキルコンピテンシーが割り当てられる。それに対して人を貼り付けることにより、一体どのようなスキルコンピテンシーを持っているべきなのか(持っていなければ、新たに身につけるべきは何か)がより明確になるため、「まず人ありき」と無責任に言ってのけるよりも結果としてはるかに人にやさしい(人材育成を真剣に考えた)姿が実現される。
このような論点についても、サークルメンバーから様々な意見が出た。
9.スキルの獲得
ただ、「ポストで給与が決まっている場合、いくら能力を上げても給与は上がらない」という問題はどうにかしなければならない。
スキルを身につけるほど(ただし、企業側が求めるものを優先的に)それが報われる仕組みにしなければならない。
企業の中で自発的に色々なスキルを持ちたいと思える制度があると良い。「バッジ制度」などを採り入れ、会社の中でホットな(重要視されている)スキルを目に見える形で示せるとよい。
サークルメンバーからは次のような意見も出た。
また、同じくYahoo記事「第3回」の
という点についても、いくらでも工夫の余地があるだろう。
「ポストが仕事を決める」という考えを杓子定規に適用しなくても、同じポストの範囲内でも「タスク」の単位で「ストレッチアサイン」をきめ細かくやっていく、という方法はどうだろうか。
10.若手の育成
同じくYahoo記事「第3回」では、
という感想も述べられているが、「30代半ばから」、つまり10年経ってからは少し長い気がする。半年から1年程度かけて「新卒研修」を実施していくことにより、性格特性や職業適性がある程度見えてくるはずである。それ以外にも行動観察によるコンピテンシーデータの取得により、新卒入社後最初の配属も科学的に行えるのではないか。それ以降も、「ジョブ型人材育成」の考えのもとで科学的なプランに乗せてあげるべきだ。
「最初の数年間はメンバ―シップ型」、30代半ばくらいからジョブ型に、といったようにミックスさせることの是非も含めて、この点についてもサークルメンバーから様々な意見が出た。
同じくYahoo記事「第3回」には、
とあるが、いささか根性論に聞こえる。
最初の仕事がどうしても自分には合っていない仕事だったら?我慢し続けるべきなのか?再び「電通事件」が起こるのではないか?
やはり、入社時点や新卒研修の中である程度の「適性」は見ておくべきではないか。
この点についても、サークルメンバーから様々な意見が出た。
11.幻想を捨てよ。
Yahoo記事「第3回」には次のような記載もあるが、
というのは、本当か?私には一定の世代以上の人たちが未だに描く幻想としか思えない。
このYahoo記事の中では終始一貫して、「同じ組織の中でずっと働き続けるに越したことはない。いや、出来ることならそれが理想形だ。」という考えが根底にあるようだ。そして何よりも、HRテクノロジーの活用を視野に入れた議論とは到底言い難い。
改めて、こちらの「HRテクノロジーで人事が変わる」の内容に注目して頂きたい。
12.識者からのコメント
Yahoo記事については、サークルメンバー以外の識者からもコメントが寄せられているので紹介する。
人事コンサルタント Hさん
人事ソリューションベンダー Uさん
13.(付録)「持続可能性」判定テスト
【次の質問に答えましょう!】
・YesかNoで答えてください。
・Yesの場合のみ、次に進んでください。
・Noとなったらそこで終了です。
(※あなたがもし会社経営に携わっている場合はおそらくその会社も「終了」です。)
①SDGsに関心あるか(共感するか)?
②それに向けた手段としてのESG投資に関心あるか?
③ESGのうちのS「Social(社会問題)」に関心あるか?
④上記社会問題には「人材マネジメント」も含まれており、「持続可能な人材マネジメント」をせよという要請だがこれに関心はあるか?
⑤「持続可能な人材マネジメント」の出来不出来の状態を定量的に可視化して社内外に報告せよという動きに関心はあるか?
⑥「報告」のためのガイドラインやテンプレート(ISO 30414)に関心はあるか?
⑦定量的に可視化するための「モノサシ」としてスキルコンピテンシーが不可欠とされている(ISO 30414もその前提)が、これに納得するか?
⑧上記の「モノサシ」を活用した従業員側の「スキルの棚卸し」が、「定量的に可視化」のために必要であることを理解するか?
⑨従業員の保有スキルを可視化出来たら、スキルコンピテンシーベースで定義された「ジョブ」の情報とぶつけて「マッチ率」「ギャップ率」を測定することの必要性を理解するか?
⑩ここまでで自然と「ジョブ定義」が促進されることになるが、「ジョブ型(人材育成)」への移行を決断できそうか?
さて、上記質問について「答えようがない」「イマイチぴんと来ない」という場合は、下記のセミナーの受講をおススメする。