もしもスパークスとイエローハーツが同期だったら

という設定のショートストーリーを一時期こっそり書いていたのでその供養。
一応ドラマ版火花と舞台版芸人交換日記をモデルに書いとります。

以下、私の妄想が膨らみに膨らんだフィクションです。



徳永と甲本

「え、芸人やめんの」
イエローハーツ甲本は、久しぶりにほぼ同期の他事務所の芸人、徳永に飲みに誘われた。
あいつから誘ってくるなんて珍しい。と思いながら、ハーモニカ横丁へ行く。
半月ぶりに会った徳永の髪は黒かった。

「いや、相方が彼女と結婚するらしくて、あっち帰るんですって」
「は?それでなんでお前も辞めることになるわけ?」
徳永はハイボールをぐいっと飲んで言った。
「あいつ以外と漫才することが考えられない」
あぁ、これが、漫才コンビってやつだよな。と甲本は思った。
イエローハーツも漫才を主に10年近く芸人をやっているわけだが、いざ解散ってなるとき、果たしてスパークスのようになるのだろうか。想像できない。
「まぁこっちは、小学校からの仲なんで、コンビ歴で言ったらもう20年近くになるんでね。」
「すげぇー、いいなー。そういうのー。」
「そんな、なんだかんだ言って田中さんともう10年近くにやってるじゃないですか」
「いや、田中なに考えてるか時々よくわからないんだよ。どうしたらいいかな。このままじゃほんとに売れないままだよきっと」
甲本はため息が止まらない。
「てか、辞める人の前でそんな相談されても困りますから」
「え、解散止めてほしい?」
「いや、そうじゃないですけど」
「ピン芸人やろうぜー」
「いやいいですよ、漫才しか考えられませんから」
「んーじゃあ作家!俺たちの作家やろうよー」
「おれは田中さんが書いたネタ好きですけど」
「でも売れなかったら意味ねぇだろ」
「は?田中さんに言いますよ」
「うわ、それは辞めて」
ここ最近あまり相方とあまり会話ができていない甲本は、たじろいだ。
「いやでも、作家やろうぜって誘われたりしてねぇの?おれ結構徳永が書くネタ好きだけど」
「売れてない人に言われても嬉しくないっすよ。」
「てかずっと思ってたけど別にタメ口でよくね?」
「いや、さすがに4つ上なんでなんか気が引けますよ」
「そっか、お前らよく高卒で東京出てきたよな。大阪NSCとか絶対入るべきだったでしょ」
「いや、今の事務所の人に誘われてしまったんで」
「それ人生最大の分岐点ミスったやつだぞ」
そしたらもっと早くに日の目を浴びていたんだろう。スパークスの漫才は面白い。ただ、ここまで行くのに時間をかけすぎた。甲本はそう思った。
「んーまぁ、過ぎたことですし、辞めますし」
「お前辞めてどうすんの、大阪帰るの?」
「帰れるわけないでしょ、社長のツテで就職する」
「え?今から就職?今から普通の職って、お前大丈夫かよ」
「大丈夫でしょ別に」

「そういえば今日田中さんも呼んでって言いましたよね」
田中は今日普通に舞台後帰っていた。
「は?コンビで来るバカいるかよ。」
「誘えよ」
「誘うか!」
「2人まとめて解散の報告しようと思ったのに。あとで田中さんと2人だけで会うのキツイですよ。人見知り同士だし」
「わかったよまた今度な」


「そういえば、師匠、神谷さん何してんの最近」
甲本にその名前を出されて、徳永はドキッとした。まぁ、甲本なら聞いて来るか・・・。
「え、あぁ、神谷さんとは、最近会っていません」
「え?マジで、ずっと一緒にいる印象あったわ」
売れているわけでもないのに、事務所関係なく神谷は有名だった。
「うわさじゃ借金すごいことになってるとかなんとか、まぁおれも似たようなもんだから何も言えないけど」
なんでこう周りがだらしないやつばっかりなんだと徳永はため息をつく。
「いや、神谷さんほどじゃねぇから安心しろよ、ただ…彼女に金借りてる感じ…?」
「それもう返す気ないやつでしょ」
「うん、まぁ…」
「その彼女、大切にしてくださいね」
「わかってるよ」
この話をしながら、徳永は以前神谷と同棲していた真樹のことを思い出していた。彼女はいまどこで何をしているのだろう、あの男と生活しているのだろうか。
「それにしてもイエローハーツ、もうM-1出られないんですよね。ピンチってやつですよ」
「そうなんだよ。なんとかしてくれよ徳永」
「もう辞めるんすよ、なんともならんわ」
「でもお前テレビのレギュラー一歩手前まで行ってたんだろー!聞いてんぞー!そんときのコネとかねぇのかよぉ!」
お酒の席を断って神谷とつるんでいた徳永に、そのようなコネがあるわけなかった。
「そんな甲本さんもそれなりにコネあるでしょ」
「あるわけねぇだろ!あったらこんな時間まで安い居酒屋でおまえと飲んでねぇからぁ!」
気がつけば終電が過ぎていた。

吉祥寺からうちまで歩く。今まで師匠と何度も歩いた道。
駅から奇声をあげながら走ったり、おじさんからかってみたり、気持ち悪くなって吐いたり、寝そべったりした道。あの頃は、未来は見てなくて、今を生きていた。
その人生を辞める決断をした徳永は、悪酔いすることもなく、少しだけふらつきながら道を歩いている。

甲本も酔ってはいたが、歩けなくなるほどではなく、しっかり地に足つけて歩いていた。
徳永は甲本の家がどこだか知らなかった。
どうせ中央線沿いのどこかだろう、適当に別れようと思っていた。
「わりい徳永家あがらせろ!」
「はぁ?」何故そうなる。

「いやぁ、遠いんだよここから俺んち、もう30には無理だわ!」
「じゃあもう少し時計見といてください。それに僕の家そんな綺麗じゃないですよ。」
「別にいい!」
徳永は人を家にあげるのが好きではない。
そこで、甲本の家まで歩いて行こうと言ってみたものの、場所を聞くと流石に遠すぎた。
昔は神谷と夜通し歩いたこともあったが、今はそんな気力なかった。
かといって見捨て帰るわけにもいかないので、仕方なく家にあげることにした。
「ほんまに…時計見とけや…」
「すまねー」
露骨に不機嫌になって、帰路を歩いた。

歩いているうちに酔いは覚めていったが、眠気が一気に遅い、甲本はフラフラだった。
「ごめんなーごめんなー」というブツブツつぶやく甲本の声以外、音がしない深夜の街を歩く。ふと、そういえば最近はこんな時間にこの道を歩いていなかったことに気づく。最近は仕事なければ飲む相手もいなかった。ふと、芸人を辞めたら、この光景がもうみられなくなることに、なんとなく悲壮感を覚えた。もうこんな時間まで飲みに行くこともなくなるのだろうか。いや、あったとしても、こんな時間まで飲む価値を見出せない。
この世界に居座りすぎた。
もう例え同じ帰り道を歩こうと、世界が違って見えてしまうのだろうなと思うと、徳永は涙が止まらなくなった。
「え、いや、ほんとごめん。え?大丈夫か!」
甲本が隣で喚いている。
「くそー!!!!」
それよりも大きな声で叫び、気がついたらそのまま走り出していた。




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もしもスパークスとイエローハーツが同期だったら その2|葱生姜 (note.com)