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定期的に思い出して泣いてしまう出来事から思うこと

「ぼくは まいあさ ふねのおとで おきます。」
小学校3年生の時だ。同じクラスの男の子が作文を読み上げていた。
あとから教室の壁に貼りだされた作文を見てみると、「は」と「わ」の使い分けや句読点など、基本的な作文のルールがほとんど守られていなかった。

作文を書いた彼は勉強が苦手だった。
でも運動神経が抜群によくて、頭の回転も速い。
面白いことを言っては人を笑わせていた。
元気が有り余っているという感じで常に誰かに話しかけているので、いつも彼が輪の中心だ。
初めて隣の席になり「こういうのを“人懐っこい”と言うんだな」としみじみ感じたことを思い出す。

当時、先生も含め誰もが彼のことを「落ち着きがなくて机にじっと向かうことができない。だから勉強の成績が悪い、典型的なやんちゃ坊主」と単純に認識していた気がする。
しかし今思えば、彼は学習障害を抱えていたかもしれない。
彼自身、勉強に対する苦手意識と劣等感を持っていたように思う。

そんな彼が、勉強で褒められた。
それが冒頭の作文である。
何かの授業で、彼が書いた作文がとても素晴らしいからと先生が彼を立たせて読ませたのだ。
最初と最後以外、文章自体は忘れてしまったけど、描かれていた情景の一部を私は未だに覚えている。それほど、とても上手に書けていた。

私たちが住んでいたのは港町で、背の高い建物も少ない。
2階にあった私の部屋の窓からも、夜になると港の灯りが見えた。
朝になると、「ボーーーーーッ」という低い音が町に響く。
船の汽笛の音だ。
確かに私も、これは朝の音だと思っていた。

彼が
「だから ぼくは このまちがすきです」
と最後の一文を読んだ時、教室内で拍手が沸き起った。
彼は両手で原稿用紙の両端を持ち、顔を覆うようにしながら作文を読んでいたが、拍手が起こると顔を上げ、珍しくおどおどしながら頬を紅潮させていた。
そのときの嬉しそうな顔が今も脳裏に焼き付いていて、私は1年に1回ほど、ふとしたきっかけで思い出しては泣きそうになってしまう。

私は今、先生の当時の年齢に近づいた。
あの時、先生が彼の作文の間違いを指摘することよりも、文章の瑞々しさや彼の感性の豊かさを褒めることを優先してくれて良かった、と心から思う。

「読み書きそろばん」は、将来社会に出ていくうえで必要な力だ。
義務教育はそれを学ぶためにあるともいえるから、正しい文法を教わる必要があることはもちろん否定しない。

だけど、「正しい作文の書き方」という点では不正解だった彼の文章も、「彼が感じている世界の楽しさを伝える」という点では大正解だった。

彼は、あの瞬間のことを今も覚えているだろうか?
彼の自己認知に、あの一件は何かしらのざわめきを起こしただろうか?

実際に社会に出てみると、ある1つの視点における「正しさ」だけでは判断できないことばかりだ。
気を抜くと、「普通はこれが正解だろう」という基準だけで判断しそうになるが、「普通」を疑うことを忘れずにいたい。

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コメント (2)
kyoさん、はじめまして。
あまやりんと申します。

文章、読ませていただきました。
冒頭と文末だけでも、文中の彼の作文から港町の情景が浮かんで素敵だな、と思いました。私は港町に住んだことがないのであくまで"想像の中での"になりますが。。

実は私も小学校3年生の時の先生が作文と日記を褒めてくれたことがきっかけで、文章を書くことが好きだと自覚できるようになりました。社会人になった今でも文章を書くことが好きで、こうしてnoteを書いたりしています。その時の先生には、心の中で今でも感謝しています。

私はkyoさんのnoteの"彼"ではないですが、勝手ながら彼も、作文を褒められた時の経験が何かしらの影響になっていればいいなと、思ってしまいました。

長文すみません、またkyoさんのnote読ませていただきます🙇‍♂️



あやまりんさん、ありがとうございます!

こどもの頃の周囲からの働きかけが、「自分は何が好きなのか」「何が得意なのか」という自分自身への認識だったり、自己肯定感などを形作っていることがあるなぁ、と。
そんなことを思いながら書いた文章でしたので、あやまりんさんのコメントがとても嬉しかったです。

ありがとうございます!
こちらこそ、少しでも何か楽しんでいただけたらと思います🙇🏻‍♀️
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