少女失踪の件

久々に書いたショートショートです。読んでくだされば助かります。


 気を失ったように寝てしまい、すっかり忘れていた。私は彼女がなぜ死んだかを知らねばならない。いや、まだ死んでないかもしれない。私は彼女を──姉を、探さねばならない。探偵屋をあちこち回ったが結局分からず終い。頼りはあの妙な占い屋だけなのだ。いつから寝ていたか。時計は四時を指している。世界の暗さからしてまだ朝にもならないか。私はふぁと一つ欠伸をしてまた眠りについた。
 私は姉の夢を見ていた。姉は私にそっくりだが双子ではなく、二歳離れている。私は中学生で姉は高校生。昔、姉から赤い髪飾りを貰った。今でもそれは私の宝物だ。あぁ、姉が私に笑いかけている。姉を奪った犯人は誰なのか。夢の中ですら忘れられない。姉といる日々は幸せに溢れていた。姉は優しくて、出来の悪い私に様々なことを教えてくれた。

 目が覚めた。さて、身支度をして占い屋に行こうか。その占い屋は評判は良いが、店主には悪評が耐えない。毎日酒でも飲んでるのか赤い顔をして異人じみた背格好をしているのはまだ良い。奇行をするとかで山の神の祟りを受けたと言われている。実際、山の中にあるのだからそう思っても仕方ない。
 そうこう不安に考えている間にその占い屋に来てしまった。「絶対中ル!」など妙に古臭い書き方で書かれたのぼり旗が不安を掻き立てる。どうしたものかと思っている間に入ってしまった。中は薄暗い真ん中に何故か置かれた水晶を想像していたが、探偵事務所のような風景だった。占い屋の主人はおらず、私が呼ぶとしばらくして赤い顔に喪服のようなスーツで現れた。赤い顔はしているのに酒の匂いは一切ないのだから不思議だ。占い屋は私の顔を見つめるなり非常識なことを言い放った。

「君、白崎雅子さん。死ぬよ」

私は目を丸くする。彼は初対面のはずの私の名前を当てた。そして続く言葉に、私は怒りたいだの呆れただの、様々な感情がぐるぐる巡った。初対面の、しかも、今から依頼する相手に怒ることも出来ないので私は静かに感情を飲み込む。死はどんな未来だろうか──妄想をしてしまいそうになる。私は彼に依頼を申し込んだ。

「あの、行方不明の姉を探して欲しくて……」
「あぁ、だろうと思ったよ。約三十分前には分かってた」

私は唖然とすることしか出来なかった。占い屋が何者か全く分からないが、ゾッとした。なぜ、今来たばかりの人間が言うことを既に知っているのか。聞いた話とは真逆に、山の神に選ばれているような神がかりがある。そう感じさせた。私は静かに占い屋の長身を見て確信した。この占い屋は、人間とはまた違う何かなのだ。今すぐ帰りたい衝動が身を揺すった。そうしてるうちに机で肘をついた占い屋は私を指さしてこう言った。

「うん、君。助手になりなよ」
「え──」

私はその一声だけ上げるとまるで機械のように硬直した。占い屋に助手、何を言っているのだ。普通、助手がつくのは探偵か何かでしかない。しかも、初対面の異性に助手を頼むだなんて、信じられない。不安になってきた。私は占い屋をじっと見つめ下唇を必死に動かし、何かを言おうとした。だが、言えないうちに占い屋の独断で助手にされてしまった。

「今日から、よろしく」
「は、はぁ……」

これから、酷い日々が始まるのがわかる。しかも今は蝉が騒がしく鳴る季節。暑さで余計苛立ちが増すことも知っている。

占い屋はしばらくの間ずっとこの事務所を歩き回っている。落ち着きなくソワソワとしてるという風でもない。何故だろう――何かを考えているのか、占い屋は首を動かす。

「姉の居場所はもうわかったよ。でも、先に行かねばならない場所がある」

私の頭にはハテナマークが浮かんでいた。一体どこへ行くつもりなのか。私には占い屋の言うことをしっかり飲み込むこと、それだけが許されている気がした。

「学校へ行くんだ。そこには秘密があるんだ。君の──いや、これ以上はまだ控えておこう」
「学校……」

私は言葉をしかと受けとった。私が行く理由があるのだろう。扇風機が首を回して私たちを見ていた。扇風機で送られる錆びた熱風が私の心を熱くした。風に揺られるカーテンがふわりと事務所を包んだ。

 日は南天の真ん中に浮かび、汗がただ立っているだけで流れ出す程だ。私は外に出た直後、この暑さに眉をひそめた。蝉はますます騒ぎ出した。どこか、胸騒ぎがする。禁忌の箱を開けるような、それでいて必ずやらねばならないことをするような気がした。
 占い屋は高い背を伸ばし、暑さに楽しそうな笑いを見せていた。彼は人間ではない。そう思うと彼に対しての不信と不安を感じる。だが、それでも私は姉を探さねばならないのだ。姉を探すために、私は占い屋の言うことを信じるしかない。やたら嫌な汗がじとりと流れた。

 私と占い屋は小さな学校に着いていた。木造で二階建て、いかにも分校だとか古い校舎だとかじみた見た目だ。中学校と書かれていた。中学時代の姉が関係してるのか。風が勢いよく、私の背を押す。そうだ、ここには何かが眠っている。何が眠ってるのかわからず、怖かった。占い屋はいつもの笑顔で私を、大丈夫だよ、と励ました。
 下駄箱を見て私は唐突に吐き気を催した。下駄箱の一つに酷い暴言がマジックで書かれていた。姉はまさか、いじめられていたのか。そう思うと苛立ちで吐き気を催した。そんな私に目もくれず占い屋はどんどん進む。私は目眩や吐き気を抑えて必死について行った。視界が歪み、壁を歩く感覚すらあった。
 ひとつの教室にたどり着いた。そこには傷まみれの机が。姉がいじめられていたのだと確信した。姉はいじめに逢い、それが嫌で失踪した。私はそう思うと同時に、中学時代の出来事で失踪するか、と疑念を抱いた。それでも占い屋を呼び止めた。私が思ったことが彼の占い結果と一致するかを確かめるために。

「分かりました。姉は──」
「さぁ、どうだろうね。次は姉の居場所に行ってみようか」

占い屋はニヤニヤとした嫌な顔で言った。私はそんな占い屋を軽蔑したように舌打ちをしたくなった。何とか耐えることが出来た。だが、占い屋の言う通りかもしれない。中学時代のいじめの証拠が、今でも残っているのは少々不自然だ。

 姉の居場所は占い屋の店からさほど遠くなかった。というか、山の中だったらしく、今も山を歩いている。この先に姉がいるというのか。私は緊張した。占い屋は私の肩を叩き、優しく笑う。

「ほら、ここだ」

そこには私そっくりな姉──いや、姉じゃない。私だ。赤い髪飾りが落ちている。この赤い髪飾りは私が持っているはずだ。そう、私の死体があった。私は驚きと恐怖で言葉が出ない。そうだ、いじめられていたのも私だ。あの学校は私の中学校だった。姉じゃなく、私だった。何もかも。逃げ出して私は飢え死んだ。全てに気づき、項垂れる私を占い屋は酷く哀れなものを見る目で、冷めた目で見守っていた。泣き続ければいつか涙は枯れ、疲れて眠ってしまった。いや、覚めるのか。

──私は走馬灯から目覚めた。あの占い屋に似た猿が私を見ていた。私は死の運命から逃れることはできなかった。薄れ行く意識の中で昔に読んだ本の一節を思い出した。
 山の神は奇妙な占術を使う。それは不思議な力で当てるだとか、道具を使わないらしい。
 まさにあの占い屋では無いか。私はサイレンを聴きながら悔しそうに力の入らない手を握りしめた。

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