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異世界の道具屋で働き始めました。

秋葉原から横浜方面の電車に揺られながら、スズはウトウトとしていた。
WEBディレクターの仕事をしている彼女は、本日がリリース日のWEBサイトを徹夜で仕上げて、徹夜明けの妙なテンションで秋葉原へ行き、メイド喫茶で早めのランチを取り、アニメグッズを物色して、一人カラオケに行こうかと思ったが、流石に疲れたので、現在帰宅中である。

電車に揺られながら、15時くらいを過ぎたところでハッと目が覚めた。

「やばっ!寝過ごした!?」

「ふえっ?ここどこ?」

電車の端の席で寄りかかっていたはずなのに、いつのまにか周りは森になっていた。
大きな木の根っこが電車の座席のようになっていて、そこにスッポリハマるように座っていた。

「どう言うこと?誘拐?」

しかし膝の上にはカバンがあり、服も乱れた感じがない。
寝ていたところを運ばれたのだとしてもこんな森の中に来るまでに気がつくはずだし、スマートフォンも手に持ったままだし。
そもそもそこまで熟睡していたわけではないので、運ばれたのであれば気がつくはずだ。
何もかもが電車でウトウトする前と同じ状態だ。

「とりあえずここがどこか調べないと」

独り言を言いながらスマートフォンの地図アプリを開く。

『モバイルデータ通信はオフです』
圏外でGPSが使えないので位置の特定ができなかった。

「えー、圏外って!?どういうこと?」
「とりあえず電波の届く場所に移動しなきゃ」

見渡す限り木しかない状態で方角も分からずあてもなく1時間ほど歩いたが、何もなかった。

「もしかしてここって樹海?電波もないし…」
時間も17時になろうとしていて、あたりも暗くなって来た。

「嘘でしょ?なんなのここは、」

グゥルルルル

気がつくと大きな狼のような獣がよだれを垂らしながら近寄って来た。
どうやら獲物だと思われているようだ

「ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ。なんかきた。」

獣は傷ついているらしく、走って追ってくることはなかったが、じわじわ距離を縮めてきた。

「炎の精霊よ、我が手に集い、敵を貫け!」

もうダメだと思われた時、どこからか炎の玉が飛んできて、狼に命中した。

獣は元からあったダメージもあり、避けることもできず、炎に包まれた。
しばらくすると獣はシャボン玉のようなエフェクトになり、空に消えていった。
獣がいたその場所には、キバが数本落ちていた。
《…キバを手に入れた》

「え?消えたよ?なんで?」

本来であれば炎に包まれているのだから、黒焦げになるはずが、シャボン玉になって消えるなんてことはありえない。

「大丈夫ですか?」

呆けていると、 ブロンドの女の子が話しかけてきた。

「えっと。あ、ありがとうございます。大丈夫です。助かりました。」
「良かったです。普段は魔狼なんて出てこない場所なんですが、冒険者から逃げてきたんですかね?」
「え?冒険者?魔狼?」
「え?あ、はい。あれは魔狼じゃなかったですか?」
「いや、冒険者って、そんなファンタジーな人達がいるんですか?って、えぇぇ?」
「ど、どうしたんですか?」
ブロンドの女の子は、自分の顔をまじまじと見つめられて戸惑っていた。
それもそのはずで、目の前の女の子の耳がツンッと尖っている。
ファンタジーの世界にいるエルフそのものだった。
「あなたエルフ?」
「はい。そうですけど?」
「うわぁ!エルフきたーーーーー!!」

ビクッ!!!∑(゚Д゚)
エルフの女の子は全力で戸惑っていた。

「ご、ごめんなさい。エルフを見たのは始めてだったので」
「え?エルフを見たことがなかったんですか?」
「うん。」
「そうでしたか。どちらのご出身ですか?」
「横浜です。っても、きっとわからないですよね。すいません、ここは一体どこなんでしょうか?」

気がついたら電車の席から森に変わっていたこと、ここには2時間程度前についたこと、なぜここに来たのかもわからないことなどを説明をした。

「もしかするとあなたは伝説の異世界人、オフワールダーなんでしょうか?」
「伝説?異世界人?オフワールダー?なにそれどういうこと??」

「えっとですね。あっ!」
エルフの女子は周りを警戒し始めた。

「もう暗くなるので、森にいるのは危険なので、一度私の村に戻りましょう。」
そう言うとエルフの女の子は、自分が住む村へ案内してくれた。

暗い道を警戒しながら、20分ほど歩くとエムブラの村についた。

エムブラの村は、簡易的な柵が周りを覆ってあるが、さっきのような魔物が攻めてきたら、簡単に突破されてしまいそうな作りだった。そのことから村の平和さが伝わってきた。

「ここですよ」
案内された場所は、何かのお店のような佇まいだった。

「改めまして、助けていただいてありがとうございました。私は、スズと言います。ホトハラ・スズです。」
「よろしくお願いします。スズさん。」

「私はディアーナ・ホープと申します。ディアと呼んでください。」
「よろしくディアさん」

「早速なんですが、異世界人について教えてくれますか?」
「ええ。私も異世界人に会うのは初めてなので、特別知識があるわけではないのですが、スズさんと同じようにギンヌンガの森から現れた、異世界の勇者が魔王を倒したと言われています。」
「まさに異世界転送チート無双小説だねぇ」
「え?なんですかそれは?」
「ごめんなさい、なんでもないです。」

「私の世界ではライトノベルってジャンルの小説があって、異世界に行く物語が多くあったのね。で、そういう主人公って最初から凄い能力を持っていて、敵をバンバン倒すって話なの。」
「そうなんですかー。異世界の物語って、どう言うものなのか見て見たいですね。あ。でも魔王を倒したという勇者は実際に凄い能力の使い手だったと言う噂ですよ。なんでも魔法も武器もフルコンプリートした魔法剣士だったらしいですよ」
「やっぱりフルコンプなんだ。うわぁぁぁ。チートボーナスすげー。」
「ん?あれ?私、チートボーナスなんてもらってないよ?え?この先、どーしたらいいんだよー。」

なんとなく予想はしていたが、他の異世界人は、やはりチートボーナスをもらっていた。
そして、自分にはなにも無いことも感じていた。

なぜなら、少しでも身体的に強化されているのであれば、感覚的にわかるはずだ。
今のスズでは、ただ剣を振ることすら難しい。

「えっと。チートボーナス?は、何かわかりませんが、スズさんは、行くところがないのでしょうか?もし行くところがなくて困っているのでしたら、私のお店で住み込みで働きませんか?ちょうど部屋が一つ空いているので。古い家ですけど。」
「え?」
「帰る手段が見つかるまででいいので、お手伝いいただけませんか?」
「えぇぇ、本当ですか?」
「はい。私は薬師をしているのですが、今日みたいに薬草の採取の間は、お店を閉めていますし、工房でポーションの調合をしながらお店を開けるのも、ちょっと大変だったので、私も助かります。」
「ありがとうございます!是非お願いします!」
「よかった。こちらこそ、よろしくお願いします。普段はお店の隣にある工房にいるので、わからないことがあればいつでも聞いてください。」
「わかりました。」

「今日もスズさんと出会った場所で、たまたま薬草を積んでいたんですよ。」
「そうなんですか。ディアさんがいなかったら、どうなっていたかわからなかったです。」
「私も魔法が得意では無いのですがうまく当たってくれて助かりました。」
「やっぱり、魔法ってあるんですね。」
「そうですね。スズさんもギルドでスキルを取得すれば使えますよ。」
「え!本当ですか?」
「ええ。明日一緒にギルドに行ってみましょうか」
「お願いします」

「そうだ、スズさんの歓迎会をしないといけないですね。」

ディアはそういうと、キッチンへとパタパタと歩き出した。

その日の夕食

野菜が中心の素朴ながらに色とりどりな食材が食卓に並んだ。

「ディアは見ず知らずの私になんでそんなに親切にしてくれるの?」
「そうですね。困っている人を見ると放っておけない性格と言うのもありますが、伝説の異世界人には世界を守ってくれた御恩が有りますので、それでですかね?」
「勇者に感謝だね」

「大昔、ユグドラノーツに魔王がいた時代には異世界人は結構いたみたいですよ。」
「へー。今は異世界人はいないの?」
「いますよ」
「えっ?いるの?」
「たしかミッドガルド王国の近衛兵長が、異世界人だったと思います。」
「近衛兵長かー。簡単には会えなさそうだね。」
「そうですね。でもちょっと遠いですが、馬車で2週間くらい行けば王国には行けますよ」
「もし機会があれば行ってお話しを聞いて見たいな」

スズとディアは、二人だけの女子会を夜遅くまで楽しんだ。

こうして、異世界の道具屋のお手伝いが始まった。

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