天文館の翌朝は知らん~スナック道場破り④
僕は基本的に定型を踏襲する人間だ。
『スナック道場破り』は単独で訪問して、三曲だけ歌ってどれだけ馴染めるかどうかが勝負だ。
今回は団体旅行であり、僕の思惑通りにはいかなかったので、その顛末を後述する。
一曲目:薩摩の女
二曲目:蛍(未発表)
三曲目:伝説のチャンピオン(未発表)
僕にとって初めての分団旅行は知覧と決まった。
大森分団長(以下、役職は省略)の熱い思いとは裏腹に当初は最低人数に未達だった。
過去に所属した青年会議所で訪問した後、感動したので両親と妹と再訪した。
その思いを吐露した後、一生に一度は行くべきだと参加者が集まった。
大森は恩人なので、何とか貢献したいが、空回りして迷惑ばかり掛けている。
意中の候補に辞退された結果、区議選に立候補したことで入団早々に物議を醸してしまった。
消防団にとって大事な操法大会前に自宅で小火を出してしまって、多大な迷惑を掛けてしまった。
それでも十三年ぶりに優勝した際、立役者の久田、シュン、タカヒロ、コウイチロウ、屋敷に負けないくらい称賛してくれた。
今年は二連覇を懸けた大事な年だったが、当初四番員候補にしてくれた。
正式な選手発表の際には僕の名前は四番員ではなく、補助員だった。
正直言ってかなり落胆したが、場の雰囲気を壊さないように気丈に振舞った。
「ちょっと待って下さい、まだ入団していない人よりも彼の貢献を評価すべきです」
二次会の席で屋敷が僕のことを気遣ってくれたが、反って辛かった。
「小説は苦手だから読んでないけれど応援しているから」
懇親会後の二次会にも参謀の原口以外では僕を連れて行ってくれる。
屋敷の抗議に対して、大森は何の反論もしなかった。
「今日はもう一軒だけ付き合ってくれっ」
G街の肉男に僕だけを誘ってくれた。
「本当にごめん、でも連覇できなかった時、嫌な思いをさせてしまうから」
僕のことを選挙目的の入団だと思って快く思っていない人はまだ少なからず存在する。
「緊張するとヤラカス人間だから反って、気楽です」
「スピード操法が持ち味だけど、男ばっかりも何だからミカちゃんを」
「だから気にしていないから、その話は止めましょう」
「よしっ、じゃあ肉を沢山食えっ」
僕に食べ切れないくらいの肉を注文して、肉男の女性遍歴をイジる。
「よしっ、そろそろ帰るぞ、あれっ、俺の肉まで食ったな」
さっきまでは「残さず食べろっ」と言っていた筈だ。
「よしっ、〆に長崎ちゃんぽんを食って帰るぞっ」
「ちゃんぽん美味いな、本当にありがとう、俺はどんなことがあってもお前を守るから」
号泣しながらちゃんぽんを啜っているのを見ているとちゃんぽんは別腹だった。
操法訓練が始まると補助員は基本的に支援に回る。
審査対象外なので、あまり覚えることがないからだ。
それでも僕は消防署の担当者に補助員の役割を質問した。
更に良くなかったのは「いたり」だった。
色々な場面で「いたり」は顔を出すが、誰もその定義を知らなかった。
物知りである原口、屋敷さえも「そんなの気にしたことない」と口を揃えて言った。
僕は消防署の担当者に質問した。
「いい加減にしろっ、担当者から仕事にならないとクレームが来たぞっ」
「でも、定義を知らないで使用するのは」
「審査員の心証が悪くなったら、お前の所為だぞっ」
結論から言えば、タイムこそ一番だったものの規律で減点されて準優勝に終わった。
今季限りで勇退する大森、浦野、原口に有終の美を添えられなかった。
「本当に申し訳ありません」
タカユキが頭を下げると大森は号泣した。
「謝ることなんてない、みんな最高だっ」
その足で知覧に向かって、後片付けは旅行に参加しない人にお願いした。
「よしっ、みんな肉を沢山食えっ」
仲居さんが懇切丁寧に食べ方を教えてくれた。
「焼酎のハウスボトルは郷土の英雄である西郷隆盛と大久保利通です」
表裏になっているのに大森は勘違いした。
「ボトルは持ち帰り可能ですか」
「はい、袋を用意しています」
「じゃあ、二本お願いします」
空港から飲みっ放しだったので、一様に吸い込みは悪い。
大森が参加者全員に酒を注いで回る。
「審査員の心証を損ねてしまい、申し訳ありません」
「そういう配慮ができるようになって、俺は嬉しいよ」
二次会は大森が知人の伝手で貸し切ったスナックだった。
「日曜日に開店して頂き、ありがとうございます、シーバスのミズナラ」
「取り扱っていないんです」
「いくらでも結構ですから、二本お願いします、乾杯はシャンパンで」
「ヴーヴクリコで大丈夫ですか」
「10人だから二本お願いします」
アシストの女性がミズナラを買いに行ったようだ。
それでもカラオケで大盛り上がりしていたが、ご当地ソング「薩摩の女」を僕は一曲目に選択した。
知覧なので二曲目は「蛍」を三曲目は「伝説のチャンピオン」ではなく、何にしようかと呑気に考えていた。
大森は何故か不機嫌になって、僕の横に座った。
「お前が審査員の心証を悪くしたから、負けたんだっ」
「申し訳ありません、でも仕事にならないってそれも仕事ですよね」
一言多い僕の言い訳が琴線に触れてしまった。
「お前の所為で負けたっ」
「申し訳ありません」
「申し訳ないじゃ済まないっ」
「どうしたら許して頂けますか」
「旅行から帰ったら、責任取って辞めろっ」
怒り疲れた大森は爆睡してしまった。
旅行前に何度もヒトミを中心に練習した「ダンシング・ヒーロー」になってもスナックのソファの上微笑みを浮かべたまま、その横で僕は一人で泣いていた。
「どうしたの、何があったの」
次期分団長予定者のムネユキが心配してくれた。
「旅行が終わったら消防団を辞めます」
その後、大森は目を覚ますと「うさぎとかめ」のうさぎのようだった。
鹿児島ラーメンを食べている時もダンシング・ヒーローを踊っていた。
翌朝、知覧に向かうバスの中でも大森は苦しそうだった。
途中のトイレ休憩ではトイレに籠ってしまった。
「昨日は飲み過ぎたっ、体調最悪だっ、ムネユキから聞いたけど突然に消防団を辞めるって言ったそうだなっ」
「えっ」
僕は言葉を失ってしまった。
「何があったか知らんけど、俺が守るから辞めるなんて言うなっ」
「あ…はい」
「折角の知覧だから、身を清めてっ」
帰りの空港でタカヒロが一泊二日とは思えない大荷物を抱えて言った。
「大森さん、二本のハウスボトルは一本と少しはまだ残っていますが、どうしたらいいですか」
「手荷物検査で引っ掛かるから、捨ててしまえっ」
僕は唖然として、タカハルからハウスボトルを受け取るとトイレで中身を捨てた。
僕の狭いワンルームの部屋には表裏が西郷隆盛と大久保利通のハウスボトルが二本埃を被って置いている。
それと連覇したら披露する予定だった濃紺のTシャツがある。
指揮者、一番員、二番員、三番員、四番員、補助員の名前が裏にあり、表には「老兵は死せず去りゆくのみ」浦野 原口 大森と書いてある。
嬉しいことだが、三人は退団するのではなく、異例の降格で団員となって後進の育成に注力してくれる。
役得尽くめのご時勢で、叙勲や退職金等の不利益を考慮しない姿勢を見習いたい。
本文中は基本的に敬称略ですが、リスペクトが足りないのではなく、リズムを尊重及び師匠、兄さん(姐さん)等の使い分を省略する為であることを理解して下さい。
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