見出し画像

【10分スケッチ】ケガレとミソギ

ほそかわゆきこ@みみをすますラボ

浄、不浄の信仰、ケガレとミソギ、「ウマレキヨマワリ」について、
ミソギはケガレを取り除くだけでなく、新たなものに生れかわる=再生の意味があるという話から、
岡本太郎は、ざぶんとひとっ風呂浴びたら罪も害も忘れてしまう日本人の道徳観を「入浴文化論」と呼び、キリスト教の原罪と対比させていた。

つまり、いろいろなものがすごくtemporary。
ケガレは与格的だ。
ケガレが私にやってきて留まっている。
だから、禊ぐ。
禊ぐことで、取り除かれるだけでなく、新たなものに生れかわる。(この再生の部分はちょっと腑に落ち感が足りない)
人間観がそういう感じ。
良い意味で空っぽな感じ。

現代におけるミソギとはなにか?
ざぶんと風呂を浴びることも、もはや実用的で効率的で審美的な様々なもののひとつになっていて、「生きかえったー」じゃないかもしれない。
でも、
水を浴びること、風を浴びること、移動すること、車を運転すること、音楽を聞くことなんかは、
ミソギ的効果を得られる行為という感覚がある。

そういうものを特別なものにしたがる感じ。
旅行に行く、コンサートに行く、温泉に行く、ドライブに行く、
そういう日常から切り離された余白的行為に位置づけたがる傾向。
そういう現代的な分化によって、
日常にケガレが留まりやすくなってきている気がする。

現代におけるケガレとは何なのだろうか?

岡本太郎『沖縄文化論 忘れられた日本』(中公文庫、1996年)

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?
気軽にクリエイターの支援と、記事のオススメができます!
ほそかわゆきこ@みみをすますラボ
みみをすますラボ 代表 国際コーチング連盟アソシエイト認定コーチ 琵琶湖のほとりで、夫と二人の息子と暮らしながら、コーチとして活動してます。 noteは公開雑記帳です。 HP(ブログ有)https://mimiwosumasu-lab.com/