2021年10月29日(金)の日記(ピュシスとロゴス)
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2021年10月29日(金)の日記(ピュシスとロゴス)

「ポストコロナの生命哲学」刊行記念のオンラインイベントを視聴。

実はこの本、まだ読んでいないどころか、買ってもないのにイベントに申し込んじゃったもんだから、視聴を始めてから慌ててKindleで購入したような状況。
でも、そんな状況でも、視聴して本当に良かったなと思ったイベントだったので、自分の中に残ったところをバラバラとメモ。

・ピュシス(自然)とロゴス(論理、言葉)の対立構造を前提にこの本は書かれているが、必ずしもそうではなく、繋がりやあわいのあるものかもしれない。
・ピュシスは、隠れていることを好む。だから、注意を向けないとわからない。そのためには、自分の動きを止めたり、ひとりになったりすることが必要。
・尊厳について。尊厳には、「命の尊厳」といったピュシス的な面と、「個人の尊厳」といった人間的複雑さを含む面がある。
人間的複雑さには「この救いを受け入れると自分の尊厳を保つことができない」と思ってしまうような傾向があり、それが「そんなことでは自分の尊厳は壊れない」と変化していくことができれば、ピュシス的な「命の尊厳」に近づいていくのかもしれない。
・ピュシスとは、ロゴスが扱いきれず、隠蔽しようとしているもの。生と死、排泄、性、病など。
ロゴスとピュシスのバランスを保つためには、自分から漏れ出るもの、漏れ出てしまうものと付き合うこと。漏れ出るものは信頼できる。
表情はコントロールできる(ロゴス)=伝えたいこと、顔色はコントロールできない(ピュシス)=伝わってしまうこと。そのミクスチャーで我々はコミュニケーションをしている。
・ロゴスは、ピュシスと付き合うための道具である。ロゴスがあるから、ピュシスと付き合うことができる。
ピュシス的なものが漏れ出てしまい、それが広まる時に叙述するためにロゴスがある。
図式化したり構造化したりした途端に、ピュシスだと思っていたものもロゴス化してしまう。
・「振る舞う」「付き合う」という言葉。
ピュシスは「振る舞う」ものであり、我々ができることはピュシスと「付き合う」ことであるようだ。
・輪郭について。輪郭を紡ぎ直すということ。
「その輪郭は、あなたにとって本当の輪郭なのか?」と問うこと。

また本を読みながら、このメモも振り返ろう。

ここ二週間くらい、自分のままならない状況に飲み込まれて、もしくはそれに対抗しようともがいて、疲れ気味だと感じていた。
浅くて広い沼に膝下だけがズブズブハマってて、大至急命の危険はなさそうだけど、すり減るし、回復の目処が立たないわーという。

でも、このイベントを視聴している時は、久々に楽しく、エネルギーがチャージされていく感覚があった。
これは、良い本をどんどん読み進めている時に感じる感覚と同じ。

自分の縁が広がっていく感覚。
その広がった先にある視点から、そのことや違う何かを掘り下げたら絶対おもしろい!と思うこと。
その先にピュシス的な何かがある予感がするからかもしれない。
そういう時はだいたいひとりで、自分の動きは止まっているのだ。

焦るのは、自分のロゴスのスピード。
道具であるロゴスを使いこなすことができたなら、もっと早く、もっと先に、もっと明確に近づけるような気がするのに。
だから、これから自分が取り組むべきことの一つは、
ロゴス偏重にならず、ロゴスそのものを目的とせず、
ピュシスに耳を澄ませ、そこで得たことを循環させるためにロゴスを使いこなせるようになること。
そういうことなのかなと、まだ本読んでいないくせに思ったのでした。

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みみをすますラボ 代表 (一財)生涯開発財団認定マスターコーチ 琵琶湖のほとりで、夫と二人の息子と暮らしながら、コーチとして活動してます。 noteは公開雑記帳。日記など、自分のために書き散らしてます。 HP(ブログ有)https://mimiwosumasu-lab.com/