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ハガキ職人から放送作家、そして。9

【放送作家7年目(28歳) 2008年】
  
 僕はゴールデンのテレビ番組の会議に加わることになりました。以前、お笑いライブでご一緒した先輩のHさんが、その番組のチーフ作家をやっていて一存で呼んでくださったのです。
 その番組にはすでに6人の作家がいて、深夜枠からゴールデンに昇格したのを機に、(作家では)僕一人が新たに加わるという形でした。

 Hさんに呼ばれてテレビ局に行くと、何の説明もなくポンと会議に入れられました。僕を含めた作家7人と、チーフプロデューサー(総合演出)とディレクター7人が向かい合うように座り、その周りをADさんらが囲む40人超の大所帯です。
 「はじめまして」の挨拶もたったの30秒程度、怒涛のごとく会議は進んでいきました。決めなければならないことが山ほどあり、僕のような新人作家をイジっている暇などないのです。

 僕は途中から加わったこともあり、会話に耳を傾けながら「今、何について話しているのか?」を理解するだけでも精一杯。どこに座っているのが誰で、どういう役割なのか? 誰からどの順番で喋っていくものなのか?
 空気を読もうとすればするほど、自分が発言するタイミングが無くなります。
 
 放送作家は、会議で喋らなければ仕事をしていないのと一緒です。

 初回がそんな感じだったこともあり、2回目の会議でもほとんど喋ることが出来ませんでした。何かアイデアが浮かんでも「この人の次に言おう」などとタイミングを図っていると、別の作家に同じようなアイデアを言われてしまい、また喋るタイミングを失ってしまいます。

 楽しい番組を作ろうという気持ちは同じでも、テレビの会議で(作家同士が)和気藹々としている現場は少ないです。やはり個人事業主の集まりなので、会議という場では敵同士という感覚があります。


 1週間で2曜日、計6時間の会議の中で、僕の発言はたった2回か3回。しかも、そのうちの1曜日は後ろに生放送があり、中抜け(会議を途中で抜けること)をしなければならず、会議でほとんど喋れずに時間が来たら「次があるので(先に)出ます」と言って退席するという、どうしようもない状態でした。

 そんな事が続いた、ある日の会議。番組内でやるコーナーをスタッフでシミュレーション(実際にやってみること)することになり、いつもの会議室からリハーサル室に移動することがありました。
 その時、Hさんに話しかけられたのです。

「今日も途中で(会議を)抜けるの?」

「はい。ラジオの生放送があるので、1時半には出ないと…」

「そうなんだ。じゃあ今日、会議を抜ける時さ、思いっきり机をバーン! ってぶっ叩いて『お疲れ様でした!』って大声で叫んでから、出て行ってね」

 えっ? は、はい…。

 それはHさんからの無茶振り。しかし、言われる理由も解っていました。

(会議で何も喋らないやつが、中抜けするなんて有り得ない。せめて何かやれよ!)

 そういうことです。

 シミュレーションを終え、会議室に戻って会議が再開。時刻は深夜1時を回っていました。僕は喋れないどころか、会議に集中すら出来なくなりました。Hさんに言われた「机バーン!」のことで頭がいっぱいなのです。

 40人もいる、(バラエティとはいえ)真面目な意見が飛び交うこの会議で、いつ、どんなタイミングで「バーン!」したらいいのか。
 もしかしてこれはHさんの冗談だったのでは? いや、Hさんはそんなつまらない冗談を言う人ではありません。

 緊張で手が震え、頭の中がどんどん熱くなっていきます。会議は進み、時刻は1時20分を過ぎました。あと10分以内にこの会議室を出なければ、僕は生放送に間に合いません。

(今か!? いや、今じゃない)

 タイミングを図ろうとすればするほど、出来ない。何度も躊躇して、よしやろう! と思っても今度は体が動きません。
 タイムリミットまで、あと5分。すると会議がやけに重い話になり、余計に出来なくなってしまいました。

(さっき、やっとけばよかったー!)

 完全にタイミングを逃し、時刻は1時30分。しかしまだ、重い話は続いています。

(もう空気なんて関係ない、やるしかない!)

 僕は机を叩こうと、大きく両腕を振り上げようとしたその時。ふと頭をよぎったことがあります。

(僕が、いちばん笑わせたい人は誰だろう?)

 それまでずっと黙りだった僕が突然、机をバーン! と叩いて会議室を出て行ったら、その場の39人はきっと驚くはず。そして仕掛け人であるHさんが「実は…」とネタバラシをすれば、会議室はどっと湧くでしょう。
 でも、それだけでいいのだろうか?

 僕がいちばん笑わせたい相手は、他でもなくHさんでした。会議で全然、喋れない僕を荒療治で救ってくれようとしているHさんに向けて

(せめて、何かやろう!) 

 ディレクター同士がカメラマンの配置について熱い議論を交わしている、重い空気の中、僕は両手を思いっきり振り上げ、机に叩きつけました。 

バーーーーーン!! 

 突然のことに、会議室にいる全員の目がこっちを向きます。

「おおおおお、疲れ様でしたーーー!!!」

 僕は、オーバーアクションでお辞儀をすると会議室を飛び出しました。

 そして静寂… 

 会議室の外で聞き耳を立てていると、Hさんがネタバラシをしたのか会議室からどっと笑いが。

 すかさず僕は会議室に戻り、
「あ、すみません。忘れ物しちゃいました…」とコミカルなテヘペロ顔。

 ちょっとだけウケました。しょうもないかもしれないけど、これが僕からHさんに向けての、せめてもの小ボケ。

 言わずもがな、翌週の会議からは変な緊張はなくなり、周りにイジってもらえるようにもなり、僕は少しずつ発言できるようになりました。


 大人数の会議は、何度経験しても難しいものです。自分が、その会議でポイントを稼ぎたい(アピールしたい)場合は、「空気なんか読まない」こと、「思いつたらすぐに言う」ことを心がけています。
 それでも上手くいかない時は「机を思いっきり叩いてみる」ですね。

 この話は続きます。


放送作家 細田哲也 ウェブサイト

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