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本の構成と文体の妙 (“Talking to Strangers” by Malcolm Gladwell) | きのう、なに読んだ?

マルコム・グラッドウェルの新刊 “Talking to Strangers” 、かなり楽しめた。

内容についての感想は、「翻訳書、ときどき洋書」に寄稿予定なので、そちらをお待ちください。ここでは番外編として、この本の構成と文体にテーマを絞り、感心したことを書いておく。

ちなみにマルコム・グラッドウェルは ”Blink” (「第1感 「最初の2秒」の「なんとなく」が正しい」)、“Outliers” (「天才! 成功する人の法則」)などの世界的ベストセラーを出しているノンフィクション作家だ。「何事も一流になるまで習熟するには1万時間の経験を要する」と、どこかで読んだり聞いたことがある方も多いと思うが、これは、ある心理学者の研究成果を著者が“Outliers” で紹介したのがきっかけで、世に広まったもの。

さて、”Talking to Strangers”の話をしましょう。まず構成について。本書の序章は、2015年7月にテキサス州で起きたある事件から始まる。黒人女性のサンドラ・ブランドさんは車の運転中、警察に止められた。進路変更したときウィンカーを出してなかった、と。警察官は白人男性だ。初めは冷静だったやりとりは、なぜか感情的にエスカレートし、警察官は逮捕するぞとスタンガンを彼女に向けた。ブランドさんは実際に逮捕されてしまい、その3日後、留置所で自殺した。この事件は警察による人種差別が原因だとして、アメリカ全土で話題になり、デモも繰り広げられた。一方で、たまたま警察官が悪質だったんだ、との評論もなされた。しかし、と著者のグラッドウェルは言う。どちらの説明も、不十分ではないか。本質に触れてないのではないか。

ここでいったん、本書はサンドラ・ブランドさんの事件を離れ、初対面同士の人が、どのように相手を信頼し(あるいはし過ぎ)、相手の表情から感情を理解し(実際は誤読している)ているかをテーマに、丁寧に既存概念をひっくり返していく。さらに、飲酒の影響や、場所や状況などの環境が人の行動に与える影響も検討する。

そして最終章。著者は私たちをサンドラ・ブランド事件に連れ戻す。ブランドさんと警察官のやりとりを一言一句再現しながら、本書1冊を通して詳らかにしてきたさまざまな要素を全て駆使して、彼女が逮捕され自殺するに至った経緯の根底には、私たちが人間として持っている心理的な構造とアメリカ社会の課題が、幾重にも重なりあっていることを、くっきりと浮かび上がらせるのだ。

伏線を張り、それが最後にすべて回収されるというミステリーのような構成でノンフィクションを書くって、すごくないですか。

ビジネス書作家であるダニエル・ピンクが、良いテーマだとしても、本1冊かけて書くべきものと、長文記事にまとめた方がいいものがあり、それを混同しないようにしている、という趣旨の話をしていた。”Talking to Strangers” は、本というフォーマットでなければ構築できない世界を私に見せてくれた。お見事です。

本書の構成でもう一つ、気づいたことがある。多くのビジネス書、特に自己啓発や組織論に関する本は、著者の主張、具体事例、科学的な研究成果の3つの要素を組み合わせて構成されることが多い。そして、多くの本で、ややもすると、著者の主張に合わせて、都合のいい具体事例や研究成果を持ってきてるだけじゃないの、という印象になりがちだ。ところが、本書ではそうした印象にはならなかった。何でだろう。本当に綿密に調査し、思索しているから、という理由がひとつ。加えて、文の運びが上手でとってつけた印象にならない、という理由も考えられる。

次に、文体の話なんだけれど、マルコム・グラッドウェルの以前の著書と比べて、口語的になっている印象を受けた。彼は数年前から Revisionist History というポッドキャストシリーズをやっているのだけれど、その口調そのままだと感じる箇所が少なくなかった。ちなみにそのポッドキャストは、少し前に話題になった事件を取り上げて緻密に検証し、事件当時にメディアが流布した解釈とは異なる観点を提示するドキュメンタリー型のもので、すごく面白い。再解釈をする、という意味で、Revisionist というタイトルなのですね。オススメです。で、本書の文体がポッドキャストの口調を彷彿とさせるのは、ポッドキャストをやった影響が自然に出たのかもしれないし、あるいはポッドキャストのリスナーも違和感なく読めるように配慮したのかもしれない。こんな、どうでもいい想像をしながら読み進めるのも、楽しかった。

もう一つ、文体の話でもあり構成の話にもなるのだけれど、本書につけられている註は、読み応えがある。英語のノンフィクションには必ず Notes のセクションが巻末に設けられていて、本文に番号がふられ、それに対応するように参考文献の参考箇所がびっしり書き連ねてある。とても参考になってありがたいのだけど、一般のノンフィクションでは、機械的に参考文献が羅列してあるだけなので、事典のように引いて使うことになる。それが、マルコム・グラッドウェルの本の註は、文中のも巻末のも、文章として読めるようになっているのだ。巻末の註では、一般のものと同じように文献名と引用箇所だけ書いてあるところもあるが、本文の流れから外れるけれど著者が書いておきたいと思ったことが、時には数ページにもわたって記されている。その内容は、例えば、参考文献の中で本文とは直接関係ないが著者が紹介したいとおもったところ、本文の流れの中ではバランスが悪いから削ったけれどけっこう面白いこぼれ話、過去の著作とは異なる結論になっている箇所についての検証と説明、といったものだ。

手元にある “Outliers” の日本語版「天才!」では、註も訳されているようだった。本書の日本語版も、註もしっかり訳されることを願う。

今日は、以上です。ごきげんよう。


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