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当たり前は、当たり前じゃなかった

今回は少し前の大切な相棒の話……。
地元にいた頃、地方ということもあり車は大切な相棒だった。
今ほど車内も広くないコロンとしたかたちのシルバーの軽は人間だったらきっと女性だろうなといつもぼんやり思っていた。

そんな彼女との思い出深い日々のひとつに「工事現場巡り」がある。建物や内装を見るのが好きだった私は日頃運転中に気になる工事現場を見つけると、夜にゆっくり見に行く密かな趣味があった。

小さい街なので、新しい建物やお店をつくっているとどんな新しいものができるのか、気になってしょうがなかったのだ。
(同じ頃、新しいお店の内装を見てみたかったばかりにアルバイトの面接を受けに行ったこともあった。見るだけのつもりが、数年間働くことになる。)

自分の中で「視察」と称して、何ができるのか分かった後も工事の進捗を確認しにたびたび彼女と訪れていた。窓の配置や外壁の感じなどを見ながら着々と進んでいく工事にテンションが上がる。
現場を眺めながら完成を想像して、コンビニで買った温かいコーヒーを飲む。彼女がつくってくれる心地よいこの時間が大好きだった。

怪しい趣味ながら、同時に日々の様々なことをぼんやり考えられる空間で、今思うと何にも代えられない大事な居場所だった。当たり前が実はとても幸せなことであったことをのちに実感する初めてのものだったかもしれない。

東京に出てくるタイミングで彼女とは離ればなれになってしまったが、その後彼女は突然動かなくなってしまったらしい。

走行距離も10万キロを超えていたし、そうなってしまっても不思議ではないタイミングだったと思う。ひとり取り残されてしまったような寂しさを感じつつ、力尽きる瞬間を相棒に見せないでいてくれたのだろうか、などと勝手な受け止め方もした。

それでも彼女がいなくなったことは、やっぱり悲しい出来事だった。

その後数年が経ち、東京での移動手段は完全に電車になっている。さすがに慣れたが、あの時の心地のよい居場所はもうない。

今では彼女のような小柄な軽を見ることも少なくなったが、まれによく似た姿を目にすると、どんなに急いでいても視界から外れるまで見届けてしまう。

今は車がなくても不便なく移動ができる。コストもかかるし生活するのに車は必要ないのかもしれない。それでも私にたくさんの景色を見せてくれて、時に誰かと結び付けてくれて、心を穏やかに豊かにしてくれる。やっぱり私には大切な存在なのだ。

きっと相棒を迎えるときがまたくるだろう。視察リストも日に日に増えている。新しい相棒にはどうかまた、広い心で付き合ってほしい。

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その時に思ったことは、その時にしかことばにできないこともあるので、note を書いています。 書く内容は主に日々ぼんやり思ったこと、働き方、Nサロンでのゼミやイベントのこと。 今のところマイペース更新です。
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