2020/1/3〜1/5日記

1/3
今日は三が日最終日。12/31〜1/2までは家にひたすら籠もっていた。
俺は何もしないぞ、というぐらいの強い意志で家に篭った。何かをしたら負けな気がした。

家に篭った、といったが実際は1/1に初詣のために近所の神社に行った。

「2020年にもなったことだし、今年は神様にちゃんと挨拶しよう」

普段神社に行くことはあっても、手を合わせたりはしないでなんとなく心の中で「よぉ」と挨拶するだけだった。

家を出て神社に着いたのは20時ごろだったか。神社までの夜道を灯篭が照らしていて良い雰囲気だった。

鳥居をくぐって右側にあるお清め場(手水舎)をスルーして参道正面の建物前に到着

「初詣の参拝客多くて大変だっただろ…こんな時間に来てごめんな。俺のためにもう一仕事頼むよ」

そんなことを思って賽銭を入れずめっっっちゃ鈴を鳴らした。これでもかと鳴らした。とても気持ち良かった。おい神様起きろ!!!!れ!!!

お約束の二二一をこなした。お辞儀は三十度ぐらい曲げたほうが良かったらしい。忘れてしまった

「昨年は俺を台風から守ってくれてありがとう。今年もここが帰る場所として残してくれよな」

と言って俺の初詣は完了した。お辞儀を忘れた

他の参拝客が手水舎で手を清めていた。こんな時間に来る無礼者でもちゃんと手洗うんだなぁって思った。初詣後の空気がなんだか美味しくてスキップしながら家に帰った。

完全に話が脱線してしまった。今回の日記は「1/4にスマブラDXの大会が大阪で開かれるので、それに参加するために1/3から出発した。」その軌跡をまとめたものになる

1/3 今日は4時半に家を出た。最近18切符を利用して旅に出るときは始電に乗るのを妥協していたが、今年は違う。2020年だから。

まだ暗い朝は気持ち良かった。俺が忘れていたものを思い出したような気がした

まずは小田原駅に向かう

小田原駅〜名古屋駅
この駅間はもはや乗り慣れているので語ることがない。富士山は綺麗だった

名古屋着。特に語りたいことはない

名古屋駅〜新宮駅

今回は紀伊半島を回って大阪に行こうと決めていた。
紀伊半島は大まかに日本地図で大阪から名古屋を結んだ線の南部分。邪馬台国がここにあった?とされ、その大部分が山地に占められており、熊野古道や伊勢神宮といった重要な歴史的遺産が詰まった半島とされる。

車窓を眺めていると線路の横路に伏見稲荷大社のように鳥居が並んだ小道があった。気になってGoogleマップで調べてみても何も表示がない。一体なんなんだ…となったがそれ以上詮索することは出来なかった

新宮駅〜紀伊田辺駅

本州最南端駅。いつか行ってみたかった場所だ、とりあえずその実態を写真に収めておいた。
実際の本州最南端にもいつか行ってみたい

紀伊田辺駅着。名古屋駅を出てからすでに8時間ほど経っている

ここで40分ほどの乗り換え待ち時間があった。駅構内に紀伊田辺駅周辺の観光スポットがまとめられていた。

どうやら近くに世界遺産があるらしい

乗り換え待ちの時間で行けるかどうか……Googleマップで検索してみると片道6分ほどだった。

駅を飛び出してダッシュ

なぜか弁慶

途中のパチンコ屋の電光装飾がバチバチ音を立てている。あまりにも印象的だった。今でも脳内のそのパチンコ屋はバチバチと存在をアピールしてくる

神社着。やはりもう人はほとんどいなかった。

今年の俺は一味違う。いつもなら神様を労ってお詣りなんてしなかった。でも今年はこれでもかとする。

再び20時過ぎにその神社に着いたので、もう神様は眠った頃だろう。

手水舎をスルーして鈴を鳴らす。遥々俺が来たんだ。ガシャガシャガシャ

お詣りも済んだので少し散策

なぜかキリン

急いで紀伊田辺駅に戻る。
乗り換え待ちの40分にしては記憶に残る密度が高かった。ありがとう紀伊田辺

紀伊田辺駅〜和歌山駅

和歌山駅着。
和歌山の地に降り立つのは今日が初めてだ。これが和歌山かぁ〜なるほどなぁ

銭湯と快活クラブを求めて夜の街を彷徨う

山吹温泉。よくある地元の銭湯といった感じだった。街の銭湯良い

銭湯を出てから快活までの道を行く。
この途中に大きな川があり、車が通れないぐらいの横幅の橋があった。

なかなか良い道を見つけた

思いがけずこんなに良い道を歩けて嬉しい。和歌山というワードのフォルダーに保存されてしまった。

快活クラブ着。隣の松屋で夜飯を食べてから突入した

1/4
この日にあるスマブラDX大阪大会に間に合うよう快活を出た。

ありがとう快活クラブ。まるでローマの休日だな、と思った。なぜかはわからない

ここから和歌山駅までの途中に和歌山城があるらしい。これは見に行かない手はない

朝焼けに照らされた和歌山城。良いものが見れた。

再び和歌山駅に向け歩く。その途中に何故かモアイがいた

なんでこんな場所にモアイがいるんだ?
モアイのwikiを読んでみるとこんな記述があった

なるほどな。一つ謎が解けた。今度ふじと台にも行ってみたい。学園城郭都市とやらの実力を見せてくれ

和歌山駅〜喜連瓜破駅

大阪大会の内容はまた別記事かお蔵入りとなる。

大会が終わった後はただ帰宅の道を辿った。

普段旅の最終日は「家帰りたくないなぁ」と思ってるものだが、今回は「よし、家帰ろう」だった。

山科駅から徒歩数分圏内に快活クラブがあることを知っていたので今日はそこで泊まることにする。過去一度珍しく友人と共に入店したことのある店だ

その時は次の日の朝から一緒に観光しようと約束していたのだが、俺が約束の時間に30分ほど寝坊してしまった

たった30分か、それとも長い長い30分だったのか。Twitterの通知が数件、青色のアイコンの上に危険信号のようにある赤色の数字が妙に記憶に残っている

1/5

朝起きると乗ろうと思っていた始電の出発まで15分を切っていた。始電を妥協してしまおうか……次の電車を調べると、この電車を逃すと1時間帰宅が遅れると検索結果が出た

これではまずい、急いで着替え直し荷造りをし会計を済ませて外へ。

なんとか電車に間に合った

今日はどこかに観光に行こうと事前に考えていたがなんだか疲れてしまってもう家に帰りたい、そんな気分だった

18切符の帰り道はなんだかいつも寂しいような気分になる。「この駅で降りたらどうなるんだろう…」とかそんな無限の可能性をドブに捨ててるような気がするからだ。

でも今回は「家に帰ろう」と強く思うことができた。

大学から家に帰るような、そんな日常のように大阪から自宅までの道のりを辿っていた。

もしかしたら成長したのかもしれないしこれが退化なのかもしれない。少なくとも昔の自分と比べて変化していることが明らかになった、そんな旅だった。

2020年なので久しぶりにブログ、日記を書いた。今後も事あるごとに言語化していこうと思う。2020年だからね。

費用


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