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「人の営みも、生態系の一部である」──写真家・今森光彦が写す「里山」という在り方。

東京都写真美術館で開催されていた企画展「今森光彦 にっぽんの里山」に足を運んだ。

初めて今森さんを知ったのは、写真絵本『やあ! 出会えたね ダンゴムシ』だった。どこにでもいるダンゴムシを接写し、愛くるしい姿の生態を写す。息子が昆虫や生き物が好きなのは、間違いなく今森さんの写真絵本の影響もあっただろう。

写真家以前に、生き物に並々ならぬ関心を持っていたそうで。今森さんの生き物に対する温かなまなざしをも感じる一冊である。

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そんな今森さんの企画展は、「里山」を切り口にしている。

展示は「春夏秋冬」というシンプルなチャプターで分かれ、全国各地の「里山」の写真が写されている。棚田や畑、湖や蝶々、神社や祭りなど、おそらくそこに住む人からすれば“なんでもない”日常であるはずだが、とても豊かで、写真の世界に飛び込みたい衝動に駆られるほどだった。

昨今、地球環境保全の観点から、人間の営みについて見直しが進んでいる。環境活動家のグレタ・トゥーンベリさんに倣って、人間の過剰な経済活動への警鐘が全方位から鳴らされている。

日本各地の里山を巡り、生態系をカメラで捉える活動を続けている今森さんにとっても、同じようなスタンスをとることはできたはずだった。だが、今森さんは「人の営みも、生態系の一部である」というスタンスを堅持する。京都府の長岡京市の里山で生えている竹林は、人がいなければただの荒れ地だったと今森さんは指摘した。

人の営みが、自然を豊かにする
竹林は人の手が入らないとすぐに荒れてしまう

その里山では、シーズンになると稲藁を竹林に敷き詰め、土をかぶせる。そうすると栄養たっぷりの堆肥ができ、豊かな竹が育つのだ。

企画展を巡りながら、私はこんなことをメモした。

普段目にしているはずの風景。でも、ぼんやりとスマホを眺めながら見過ごしてしまうことがほとんどではないか。実際、スマホを持たない息子たちの日々の発見は、感性の豊かさもあると思うけれど、目の前の物事にきちんと向き合っている。今森さんもまた、目の前の物事に向き合う環境を整えており、だからこそ「里山」という風景を撮り続けることができたのだ。

私が企画展で好きだったのは、長野県伊那市で撮られた「すがれ追い」という作品だ。森林内にあらかじめ餌を仕掛け、蜂を追い掛けて巣を探し掘り出すイベントだそう。

写真では、4人のおじいちゃんが楽しいそうな表情で何やら(蜂だ)追いかけている。その姿が実にチャーミング。言葉を選ばずにいうと、かわいい。

今森さんは「人と生きものたちの共有空間は常に美しい」と語る。

美しさのアンテナの貼り方は、人それぞれだ。読書をしていて文章の流麗さんに美しさを見出す人もいれば、映画において号泣必至のラブシーンで美しさを感じる人もいる。パリ五輪でブレイキンに臨む男女のひたむきさを美しいと感じる人もいれば、「美しい国」をつくると息巻いた政治家もいる。

当人にとっては、どれもが紛れもなく「美しい」と感じるポイントなわけで、他者がいちいち否定するのは筋違いというものだろう。美しさの強要をされない限り、個々の美しいと感じる審美眼は尊重されていい。

だからこそ、私は(あなたは)何を美しく感じるか。どうせなら、心から信じるものを「美しさ」の殿堂に入れるのが良いだろう。感性を磨き、瑞々しい美しさをアーカイブしていく。

芸術(アート)には、そのような素晴らしい力があることを改めて感じた企画展だった。会期中に、今度は息子を連れて訪ねようと思う。

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