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自民党総裁選は、「自分の立場」を振り返る絶好の機会になる

社会的動物である私たち人間は、意識的にせよ無意味的にせよ、何らかの「立場」により言動が決定される。

若干ステレオタイプな言い方だが、企業において営業部は「売上」を伸ばすことを第一に考え、それに伴う経費を必要なものと見なすことが多い。出張や接待などの費用は短期的には売上には繋がらない。しかしクライアントと人間関係を築くことで得られる取引もあると信じている。

一方で経理部は「費用」の妥当性をチェックする役割を持っている。「売上」はもちろん大事だけど、会社の存続のために、妥当性の低い経費を見逃すわけにはいかない。会社の利益に損なうばかりでなく、会社間の癒着や不正取引の温床になるからだ。

ということで、営業部と経理部は対立関係になりやすい。よほど変わり者でない限りは、営業部員は経理部の肩を持つことはないし、逆もまた然りだ。それが「立場」であるということだ。(重ねて言うが、ステレオタイプの穿った事例である。本題ではないのでどうか許してほしい)

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さて、ここしばらく、9月29日投開票の自民党総裁選に関するニュースで賑わっている。全国民の1%しか投票することができないため、有権者各位はクールダウンしつつ情勢を見守るべきだが、個人的には、自らの「立場」を振り返ることのできる絶好の機会だと思っている。

それは立候補者4名(河野太郎さん、岸田文雄さん、高市早苗さん、野田聖子さん)、それぞれのタイプが異なっていて、良い意味でバランスが取れているからだ。

政治家のタイプとは

東京工業大学リベラルアーツ研究教育院教授の中島岳志さんの著書『自民党』では、政治家の特徴を以下の図のようにマッピングして説明している。

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中島さんは「政治家は国内政治において、大切別すると<リスク>(お金)と<価値>をめぐる仕事をしています」と書いている。

■リスク(お金)■
突然職を失ったり、大病を患ったり、災害に遭ったり。低所得者や社会的弱者となれば、生命の危機が脅かされるほどの不利益を被ることもある。
リスクに対して、社会全体が対応すべきと考えるのが「リスクの社会化」という立場だ。国民は高い税金を支払い、セーフティネットや再配分体制を強化していくという「大きな政府」を志向する動きになる。
一方で、リスクに対して、個人で対応することが基本だよねと考えるのが「リスクの個人化」という立場だ。政府は税金は安くする変わりに、行政からのサービスはあまり行なわない。民間でできるように競争を促す。自己責任型の社会で「小さな政府」を志向する動きになる。

■価値■
選択的夫婦別姓やLGBTの婚姻に関する権利について、個人の価値をどれくらい認めるか。
政治家が個人の価値観に対して介入・干渉を強めるのが「パターナル」。逆に多様性に関する寛容度が高く、個人の価値観に対しての介入・干渉が少ないのが「リベラル」だ。国民(有権者)の立場になったときに、個人の価値観については政府がある程度コントロールすべきだと考えればパターナルを支持することになるし、政府は過度な介入は避けるべきだ、と考えればリベラルというようになる。

結局、政治とは税金の使い方を決めること

なぜこれらのタイプを把握することが重要かというと、政治家は、国民の税金をどう使うかを決める立場にあるからだ。

当然昨今はコロナ禍にあり「国民の生命をいかに守るか」「経済をいかに正常化に戻していくか」が主要命題になっていく。そこに予算が充てられるのは当然と言える。

一方で、例えば選択的夫婦別姓について。選択的夫婦別姓に賛成する人は国民の7〜8割程度だと言われている。

選択的夫婦別姓とは、強制的に夫婦が別姓となるわけではなく、夫婦が望むのであれば結婚後も双方が結婚前の姓を名乗ることを認める制度のことだ。なので「選択的夫婦別姓に賛成はするけれど、実際に別姓にはしない」という方は一定数いるだろう。それでも自分が別姓を望んだときに、選択肢として制度があるか否かというのはとても重要では?というのが、個人の価値観に対してリベラルな思想を持っている方の考え方だ。

だが当然、選択的夫婦別姓を導入すれば、少なくないコストが発生する。役所は婚姻時のフォーマットを変えなければならないだろうし、戸籍制度の運用に関しても変化が生じるだろう。パターナル側の根強い反対や、通称利用の促進や、事実婚の権利拡大という代替手段もある中で、政治家が制度導入を目指すのはそれなりに骨の折れる作業になる。

菅首相も今年2月の衆院予算委員会で「結婚をすれば本人たちが判断をすべきという考え方だ」と肯定的な考えを示していた。しかし残念ながら2021年の国会では判断が先送りになってしまった。

菅さんを悪く言う意図はないが「どちらかと言えば賛成である」という発言があったとしても、政治の世界では簡単に覆ってしまう。

完全に読み切ることはできないが、少なくとも政治家のタイプや、ベースとなる政治思想を把握しておくことで「○○はこんなことをしてくれるだろう」という期待の精度が上がるわけだ。

全ての物事は、私たちの税金によって動いている。税金の使い方が適切かどうかは厳しく問われるわけで、「こうなったら良いな」程度の言葉は、信頼には足らないと評するのが妥当だと私は考える。

立候補者の特徴は?

中島さんの著書『自民党』に戻る。

そこには高市さん以外の候補者のマッピングがなされていた。高市さんに関しては発言内容が明らかにⅣに類するため、勝手ながら、以下の図表にまとめさせていただいた。

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各候補者の特徴は以下の通り。

厳密にⅠの象限にはまる候補者はいないが、真ん中に位置する岸田さんが該当するという見方もできなくはない。中島さんは岸田さんへの評価は手厳しい。

おそらく岸田さん本人としてはⅡからⅢのゾーンを志向しているのだと思いますが、とにかく自らのヴィジョンを語る勇気を持たない限り、国民は首相にふさわしい人物か否かの判断ができません。
(中島岳志『自民党』P142より引用)

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マッピングだけでは説明不足なので、箇条書きレベルで、各候補者の発言等を振り返ってみる。

■河野太郎さん■
・必要な規制改革を行なうと明言
・市場の競争原理を重視する新自由主義派
・選択的夫婦別姓に賛成の立場
・皇位継承:保守派に配慮、過去には女系天皇容認の発言

■岸田文雄さん■
・経済政策:新自由主義からの脱却を目指す
・「令和版 所得倍増計画」で格差の是正を
・選択的夫婦別姓には「議論が必要」と慎重
・皇位継承:「女系天皇には反対」

■高市早苗さん■
・アベノミクスを引き継ぎ、発展させるサナエノミクス
・日本を守るため、防衛費を約2倍の10兆円に
・選択的夫婦別姓や同性婚に反対の立場
・皇位継承:「男系男子」を堅持

■野田聖子さん■
・女性、子ども、高齢者、障害者に寄り添うと明言
・選択的夫婦別姓に賛成
・閣僚の半分は女性を目指す
・皇位継承:「女系天皇も選択肢の1つ」

何となく、ではなく、自分の立場を振り返ってみよう

報道を見ると「岸田さんが誠実そう」とか「高市さんの演説は分かりやすい」とか、そういった何となくの印象を受けることがあるだろう。

極端な例だが、選択的夫婦別姓を希望している人が「高市さんが良いな」と思ったら自らの希望は遠のいてしまうだろう。

同じように「社会的弱者にも十分なセーフティネットを!」と声をあげる人がいたとする。この場合も、何となく河野さんの発信力に期待してしまえば、「リスクの個人化」を志向する政治家に対してbetするという矛盾した行為になってしまう。

もちろん論点はこれだけではない。コロナ対策や安全保障、憲法改正など、ありとあらゆる論点の中で、ベストな解を選びたいと思うのは誰しも同じだろう。

なので、このマッピングはあくまでベースであり、参考資料に過ぎない。しかし、ベースを理解していない状態で「○○さんを推す!」と判断するのは早計だろう。

自民党総裁選は、異なった政治家タイプを有している。

あなたは、どの候補者の立場に近いのだろうか?ぜひ、じっくりと考えてみてほしい。

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