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弱い社会で、マウントをとる人たち(内田樹、姜尚中『新世界秩序と日本の未来〜米中の狭間でどう生きるか〜』を読んで)

内田樹さん、姜尚中さんの共著『新世界秩序と日本の未来〜米中の狭間でどう生きるか〜』を読んだ。

冒頭の内田樹さんの社会批評は鋭かった。

知人の経済学者に聞いた話ですけど、「国民の平均年収が100万円のA国と、平均年収が600万円のB国があります。あなたはA国で年収200万円であるのと、B国で年収400万円であるのとどちらがいいですか?」という質問をすると、A国に暮らして年収200万円の方がいいと答える人の方が圧倒的に多いんだそうです。平均年収100万円の国で年収200万円だと、みんなが自転車に乗っている中で自分だけバイクに乗れる。B国で年収400万円だと、自分は軽自動車に乗れるけれども、周りはベンツに乗っている。だったら、オレは軽自動車よりバイクに乗る方がいい。人間はそういうふうに考えるらしいです。
(内田樹、姜尚中(2021)『新世界秩序と日本の未来〜米中の狭間でどう生きるか〜』、集英社新書、P29〜30より引用)
(人間の自分の利益に即して合理的かつ利己的に行動できているか、というとそうではなく)本当に利己的にふるまうならば、日本の国力が工場することから長期的には大きな利益が期待できるわけですから、どうすれば集団としてのパフォーマンスが上がるかをまず考えるはずなんです。でも、実際に起きていることは、日本にしてもアメリカにしても、自分たちにとって不利な政策を行い、自己利益を損なう人間を統治者に選んでいる。明らかに非合理なんです。これを説明するためには、人間は自己利益を増大させることよりも、同じ集団内部で相対的優位に立つことの方を優先するという法則を受け入れなくてはならない。「利益」より「勝利」の方がたいせつなんです。
(内田樹、姜尚中(2021)『新世界秩序と日本の未来〜米中の狭間でどう生きるか〜』、集英社新書、P31〜32より引用)

あらゆるところで問題視されている「論破」という風潮。そこには勝ち負けの概念が無意識に刷り込まれている。勝ち負けが纏う弊害とは、議論へのハードルを高めてしまうことだ。

「お前、何を言ってるんだ?」なんて言われたくはない。勝ち負けが決定づけられる社会は、参加意欲を減じさせ、限られた人だけしか議論に入れないという風通しの悪さを招いてしまう。

Googleは「良い組織」を研究している。組織内のメンバーが同じくらいの量を発言できることが、共通の特徴として挙げられるそうだ。

組織とは、色々なメンバーで構成されている。知識や経験にはバラつきがある。組織が多様化すれば、信条や思想も異なるはずだ。良いファシリテーターは、どんな意見もバランス良く吸い上げてくれる。「どんな結論が出るか」と同じくらい「みんなで意見を交わす」ことを重視しているのだ。

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勝ち負けという言葉を使わなくても、順位や序列が可視化されることはある。

僕が「おかしい」と主張し続けている、都道府県の魅力度ランキングとは、不明瞭な指標によって都道府県に1位から47位の序列をつける。

思うのだけど、この論破文化とは、個々における審美眼が失われていることから生じているかもしれない。もちろん人間は社会性動物であるから、社会の中で自らの嗜好が規定されるという側面はある。

だが、それが行き過ぎると、比較によってでしか自分の「正常さ」を図れなくなってしまうのではないか。

相対的に優位に立つ、つまりマジョリティであることによって、自分は正常であると安心する。正常であることは、それ以外の事物を「異常」だと判別し、彼らに対してマウントをとる。あるいは排除に至ってしまう。

僕の持説は、異常だろうか。

正常と異常の間で揺れながら、また別の視点をもたらしたら良いなと思う。それまで思考を続けていきたい。

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最後に、やや蛇足を。

あらゆる読書は、著者の意見を盲目的に受け入れるものではない。

読書は対話だ。「あなたはこう言っているけれど、僕はこう思う」という風に、擬似的な対話を頭の中で繰り返しながら、著者の主張をインプットしていかなければならない。(もちろんある意味では、著者に半ば憑依するような形で言説を「読む」必要があるが、それはまた別の話だ)

著者たちの論説は、さすがと言わざるを得ない説得性をまとっている。ただそれだけが全てではない。読者ひとりひとりが異論を唱える自由はあるし、その応酬が、議論のレベルを高めていくはずだ。

まだ、未来の可能性は閉ざされていない。

柔らかく、しなやかな社会を作っていきたい。

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