見出し画像

基準について

雨上がり決死隊が解散し、松本人志さんがこんなコメントを寄せていた。

コンビ芸人の特にボケの方でいうとね、笑いの優先順位ってあるじゃないですか。まずはお客さんを笑わすじゃないですか、次に視聴者、で共演者の皆さん笑わすこと。それが銭になりますからね。プロですから当然なんですけど。でも僕はねえ、それはそれとして、相方が、相方を笑わすことが「面白い」。相方笑かすのが嬉しいとかそういう次元ではなくて。浜田が笑ってることが「おもろい」。こいつ俺の言ったことですげえ笑ってるやん。っていう。そこの優先順位が僕は一番高いんですよ。浜田が笑っても銭にならないけどね。
(2021年8月22日放送「ワイドナショー」、松本人志さんの発言より。太字は私)

その後で、宮迫博之さんは「相方に対する優先順位が下がった」のではないかと続けている。

松本さんが自らの芸を披露する際に、基準にしているのが相方の浜田さんだという点、とても合点がいくというか、「そうか、だからダウンタウンはコンビを解散していないんだ」という納得感があった。

実際ダウンタウンは不仲ではないだろうし、解散する理由がないというのもあるだろう。

松本さんは繊細なのかもしれない。笑いに関する自信は持っており、実際にそういった発言もしている。ただ「カリスマ」として後輩芸人や世間から評価されればされるほど、世間の感覚とズレてしまったときに補正できる場や仕組みがなくなってしまう。

松本人志だから、という理由で笑う。いっとき「客が笑わないのは客のセンスがないからだ」という趣旨のことを著書でも書いていたことがある。それは当時の本音だっただろうが、今はどうだろう。

そんなとき、常に、デビュー当時からの感覚で自らを評価してくれる相方・浜田さんの存在は、僕ら視聴者が思っているよりも大きいのかもしれない。

浜田さんも上記の同じ理由で、世間の感覚とズレてしまっていることもあるだろう。これだけ「ダウンタウン」というのが神聖化している中で、世間の感覚とズレていない方が不自然だ。

だけど、1on1で、「お前はオモロいよ」と認めてくれる相手がいるというのは非常に助かることだし、安心できるのではないだろうか。

*

村上春樹さんも著書『職業としての小説家』の中で、同じような基準に言及している。

しっかり養生を済ませたし、そのあとある程度の書き直しもした。この段階で大きな意味を持ってくるのが、第三者の意見です。僕の場合、ある程度作品としてのかたちがついたところで、まず奥さんに原稿を読ませます。これは僕の作家としてのほぼ最初の段階から、一貫して続けていることです。彼女の意見は僕にとっては、言うなれば音楽の「基準音」のようなものです。(中略)
妻というのは良くも悪くも、まず配置転換にはなりません。僕が「観測定点」と言うのは、そういう意味です。長年つきあっているから、「この人がこういう感想を持つのは、こういう意味合いで、こういうところから来ているんだな」というニュアンスがおおよそ理解できます。
(村上春樹『職業としての小説家』P145〜147より引用、太字は私)

村上さんはハッキリと「基準」という言葉を用いている。

出版社の編集者の意見は参考にしているものの、ずっと村上さんの編集者でいられるわけではない。ずっと長く、村上さんのそばで感想を言ってくれるという存在が重要であり、「小説ができたぞ!」と昂っているときに冷静さを取り戻させてくれる相手がパートナーだというのは、これまた納得ができる話です。

*

僕は2007年から2021年まで、いわゆるサラリーマンとして組織に所属してきた。

組織(≠会社)には良し悪しがある。それが「悪い」場合、社員が頼みになるような基準が存在していないことが多い。

それは就業規則とか、稟議基準とか、そういうものではなく。例えばリーダーが持っている「確固たる倫理観」のような、暗黙知的として機能しているものだったりする。若い頃は、その明文化できない、その人なりの価値基準に何度となくぶつかり不満を抱いた。いつも揺るぎなく、妥協されることがない「基準」だった。結果的に、その判断は概ね正しかったのだ。

そういった「基準」が存在していないと、確かにロジックやビジネスの座組みとしては機能しそうなのだけど、上手くいかないことが多い。やってみてダメだったというより、同じようなロジックを持っていってもOKだったりNGだったりして、実行する社員の側が判断に迷ってしまうのだ。

そういう組織は弱い。

*

今の僕にとって、その「基準」は妻だ。

妻が「分かりづらい」とか「違和感がある」とか言ったときは、たいてい何かが間違っている。

指摘をされた箇所は見直して、大なり小なり必ず修正するようにしている。村上春樹さんは「大事なのは、書き直す行為そのもの」「そういう姿勢そのものが何より重要な意味を持ちます」と書いている。良い悪いではなく、自分を過信しない上で、見直すということは大事なことなのだ。(プロセスが1つ増えるので面倒ではあるのだけど)

そんな「基準」や「姿勢」が持てるだけで、自信を持って判断できるようになるはずだ。道はまだまだ険しいが、何とかやっていきたい。

──


記事をお読みいただき、ありがとうございます。 サポートいただくのも嬉しいですが、noteを感想付きでシェアいただけるのも感激してしまいます。