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自民の改憲案で緊急事態条項を作ると、政府が刑罰を自分で勝手に作れてしまう件

はじめに

  (2023.4.6追記 これは2022年の参院選前に書いた記事ですが、再掲します)
憲法改正と緊急事態条項の問題は、このnoteでたびたび触れてきましたが、今回は選挙前ということもあり、テーマを一点にしぼって簡単に解説をします。

 自民党の改憲案(2012年の改憲草案と2018年の「たたき台」がありますが、どちらでも本記事の論点では結果的に同じ)が実現した場合、政府(内閣)が、自分で勝手に刑罰を作ることができるようになります。以下、簡単に説明しましょう。

規制には刑罰がつきもの

 まず一般論として、今現在でも、健康・安全・国防・経済政策などのために、国が様々な規制を行っていることはおわかりでしょう。
 規制を行うためには、刑罰がつきものです。
 いざという時には、規制に従わない人や企業を国が処罰できるようになっていなければ、規制の効果があがりません。

 とはいっても、刑罰は人の自由や財産を奪うものですから、人権侵害(人権制限)の最たるものであり、いわば必要悪です。

法律がなければ刑罰はない

 さて、刑罰は、法律がなければ作ることはできません。法律の定めがないのに勝手に人に刑罰を与えることなどできるわけがなく、この原則を「罪刑法定主義」と呼んでいます。

 法律は、誰が作るのでしょうか。もちろん、国会が作るのです。国会の議員は国民が選挙で選びます。

 つまりこれによって、主権者である国民が(間接的に)、刑罰についても
自分たちで考えて決めることができるわけです。民主政の国家ですから、当たり前すぎるほどの当たり前の話です。
 最近の例でいえば、あの「侮辱罪」の厳罰化も、国会でいろいろ議論してようやく決まったということを思い出しましょう。

自民の改憲案では、政令が法律の代わりになる

 さて、自民の改憲案によれば、緊急の事態がおこって、国会の審議で法律を作る暇がないときは(正確にいうと、内閣が『国会による法律の制定を待ついとまがないと認める特別の事情がある』と判断したときは)、内閣が、政令を作って、法律の代わりをさせることができることになっています。

 「政令」とは何かというと、内閣が決めるルールです。内閣だけで決めるのですから、国会審議はやる必要がありません。いわゆる閣議決定だけで良いわけです。
 内閣だけで決める「政令」は、国会が決める「法律」よりも、本来は効力が劣っているものであり、法律があって初めてそれに対応した政令を作れるようになっています。

 ところが自民の改憲案によれば、緊急事態になった時には、この内閣だけで決める政令が、国会の決める法律の代わりになるようにするわけです。

国会ぬきで、内閣だけで刑罰を決める

 さきほどの「法律がなければ刑罰も作れない」という原則を考えてみましょう。
 自民改憲案では、この原則を変更してしまうのです。
 つまり、国会で審議して法律を決めなければ新たに作れないはずの刑罰を、内閣だけで作り出すことができるようになるということです。つまり「閣議決定」だけで刑罰を作れるようになるわけで、野党もまじえた国会審議は一切必要なくなります。

 なお改憲案によれば、速やかに国会の(事後の)承認を得なければならないことになっていますが、この「速やかに」は時間的限定が何もなく、また承認されなかった場合にどうなるのかも何も決められていないことに注意してください。(さらにいえば現実には、内閣が臨時国会そのものを召集させなかった例が最近あることも思い出しましょう。)

「国会審議の暇がないかどうか」は内閣が自分で決められる

 こられは「国会で審議して法律を作る暇がないとき」が前提なのですが、それでは「国会で審議して法律を作る暇がないとき」かどうかは、誰がどうやって決めるのでしょうか。

 自民の改憲案によれば、内閣自身です。
 つまり内閣が「今は"異常な災害"で、国会の審議の暇がない緊急時だ」と判断したら、内閣は国会の審議をさせず、内閣が法律の代わりに政令を決めて、内閣だけで刑罰を作ることができるようになるわけです。

内閣にここまで強い権力を与えるのかが選挙で問われる

 最初に述べたように、刑罰というのは、人や企業を従わせる権力を行使するために行うものですから、これは結局のところ、内閣が、自分の判断で、自分自身に対して非常に強い権力を与えることができるということを意味します。

 果たして、このような自民の改憲案を通して良いのかどうか。それが今回の選挙で問われているわけです。

 なおこの記事では立ち入りませんでしたが、自民の改憲案では、緊急時には選挙そのものを延期できる条項も含まれていることにご注意ください。


ドイツとイタリアの例

 なお、他の国も緊急事態条項があるではないか、という人がいるかも知れません。

 ドイツの場合、まず内閣が勝手に緊急事態かどうかを決めることはできず、連邦議会が判断することになっています。さらに内閣が自分で刑罰を決めることもできず、議会の権限がなくなるわけではありません。

 イタリアの場合は日本に近いようですが、60日以内に議会の承認がなければ最初にさかのぼって効力を失うという規定があります。
 
 いずれにしても自民の改憲案よりは、はるかに権力の悪用に対する歯止めが備わっていると言えるでしょう。

 最後に、自民党の改憲案の緊急事態条項と、ドイツやイタリアのそれに類似する条項とを対比させた表を載せておきますので、ご参照ください。


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