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読了「利他」とは何か

伊藤亜紗 (美学者)
中島岳志 (政治学者)
若松英輔 (随筆家)
國分功一郎 (哲学者)
磯崎憲一郎 (小説家)

「利他」と云うキーワードを、五人それぞれ 立っているフィールドは違うが「利他」の観点を共有している。

自身の概念を構築するために読む。

『「利他」とは何か』伊藤亜紗 編
中島岳志 若松英輔 
國分功一郎 磯崎憲一郎 
集英社新書 (2021.03.22)

【東京工業大学/未来の人類研究センター】

公式サイト

https://www.fhrc.ila.titech.ac.jp/

「利他」プロジェクトについて

https://www.fhrc.ila.titech.ac.jp/project/

「利」「他」の原義

「利」
子の曰わく、利に放(よ)りて行えば、怨み多し。
自分の利益ばかりに寄り添って行動していると、怨まれることが多い。

「他」
己を忘れて他を利するは、慈悲の極みなり。
忘れて:その立場を越えた(超えた)

第一章 伊藤亜紗 (いとう あさ)
准教授/芸術
利他プロジェクト センター長

【公式サイトからのコメント】
一年間の研究を通して私たちが出した暫定的な答えは、「うつわ」としての利他のあり方でした。
能動的に行う善行は、自分の正義を押し付けているだけで、相手のためになっていないことが多い。
ならばむしろ「うつわ」のようにスペース(余白)を持ち、見えていなかった相手の可能性を引き出すこと、そしてよき計画倒れを通して自分が変わることこそ利他なのではないか。
利他学会議では、この利他のうつわに「科学技術」「自然」「社会」という三つのテーマを入れてみることによって、お互いに引き出される可能性をさぐりたいと思います。

【本のサマリー】
利他主義 (Altruism):altrui (古仏語) 他者 → ラテン語 alter 別の/他の

「自分に出来る一番沢山のいいこと」
「利他は寄付することだけではない / 魚を与えるのではなく 魚の釣り方を教える」

利他:私の思い / これをしてあげたら相手にとって利になるだろう

▶ うつわ的な利他 / 余白をつくる
相手のために何かをする時、自分が立てた計画(考え)に固執せず、常に相手が入り込める余白を持っていること。
押しつけの利他にならないように。
聞くことにより 相手の隠れた部分を引き出す。

第二章 中島岳志 (なかじま たけし)
教授/政治学
利他プロジェクト リーダー

【公式サイトからのコメント】
利他的な行為を行うことで、何かいいことがあるんじゃないか。
褒められるんじゃないか。そんな未来の利益のための行為は、一見すると利他的のように見えて、実はとても利己的なのかもしれません。
この利他と利己のパラドクスを、どうすれば超えることができるのか。
私は「業」という概念に注目しています。私に働く不可抗力に促された行為の中に、利他が宿るのではないかと考えています。利他は「する」ものではなく「宿るもの」。私にやってくる力に、自己を開くことができるかが、利他のポイントだと思っています。

【本のサマリー】
志賀直哉『小僧の神様』
[wikipedia]
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%8F%E5%83%A7%E3%81%AE%E7%A5%9E%E6%A7%98

マルセル・モース『贈与論』
[wikipedia]
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E8%B4%88%E4%B8%8E%E8%AB%96

『わらしべ長者』
[wikipedia]
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E3%82%8F%E3%82%89%E3%81%97%E3%81%B9%E9%95%B7%E8%80%85

第三章 若松英輔 (わかまつ えいすけ)
教授/人間文化論

【公式サイトからのコメント】
現代社会では「利己」の対義語として語られることの多い「利他」ですが、言葉の原義を探ってくると、「利他」は「利己」という言葉の存在を前提にしていないことが分かってきます。仏教の本質は「忘己利他(もうこりた)」であると書いたのは平安時代の僧・最澄ですが、この言葉に結実する以前から「利他」の本質はさまざまなかたちで語られてきました。儒教ではそれをあるときは「義」と呼び、キリスト教では「愛(アガペ―)」と称してきました。また、「利他」は「語られる」以前に「行われる」ことも少なくありません。孔子、イエスは別格として最澄、空海、道元、王陽明、中江藤樹、大塩中斎あるいは、マイスター・エックハルト、エーリッヒ・フロムなどにもふれながら、利他の公理とは何かを考えています。

【本のサマリー】
「利他」の原義
「利」
子の曰わく、利に放(よ)りて行えば、怨み多し。
自分の利益ばかりに寄り添って行動していると、怨まれることが多い。

「他」
己を忘れて他を利するは、慈悲の極みなり。

▶ 美と云う「利他」
▶ 器の心
「物は、見られるだけでなく、用いられ、生活のなかに浸透していくことで、真の "いのち" を帯びたものになる。」

第四章 國分功一郎 (こくぶん こういちろう)
特定准教授/哲学

【公式サイトからのコメント】
研究会を続けながら、僕自身はずっと自身のテーマであり続けている責任の問題について考察を続けてきました。自分の「意志」で何かをするというよりも、自分を動かしている大きな力を認めること。この力は「運命」といってもよいかもしれません。それを認めた上で、それにもかかわらず、責任を引き受けるとはどういうことなのか。いま「責任responsibility」と「帰責性imputability」の概念上の区別を手がかりにこの問題について考え続けています。

【本のサマリー】
『中動態』
[wikipedia]
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E5%8B%95%E6%85%8B

「与える」能動態
「欲する」中動態

【責任と帰責性】
責任:responsibility
帰責性:imputability

【参考】Note / 中動態を理解するために

國分功一郎の『中動態の世界』(医学書院、2017年)の核心的アイデア|山口尚

https://note.com/free_will/n/n726ca2ae9e16

第五章 磯崎憲一郎 (いそざき けんいちろう)
教授/文学

【公式サイトからのコメント】
小説家のとは、一般に考えられているような、作者のメッセージを作品に込めて読者に伝えることでも、現代社会が抱える課題を物語という形で炙り出してみせることでもなく、未知の領域に分け入るように一文一文書き進むことによって、小説という形式を更新し、小説の歴史・系譜に奉仕することなのだ。つまり、小説とは自己実現ではない、小説によって実現し、光を浴びて輝くのは、作者という個人ではなく、世界、外界の側なのだ。

【本のサマリー】
▶ 設計図のないところに生まれるもの
小説の書き手は、書いているうちに どんどん予期せぬ流れが作られていって、脇にそれる獣道ようなようなものが見えた時、書き手は その獣道に抗えない。

おわりに / 中島岳志

この本の著者は、東京工業大学/未来の人類研究センター のプロジェクトメンバーで、専門もアプローチの仕方もそれぞれ違います。
共通点は、人間観に行き着き、それは「うつわ(器)になること」です。

アーカイブ【利他Radio】

https://www.fhrc.ila.titech.ac.jp/radio/

【関連】

「借りから贈与へ」
https://ameblo.jp/horippy19500724/entry-12438248244.html

『借りの哲学』ナタリー・サルトゥー=ラジュ 著
高野優 監訳 小林重裕 訳
太田出版 (2014.03.28)

【ブックレビュー】http://www.ohtabooks.com/publish/2014/02/27173801.html

2021.04.28