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ポーランドと日本の架け橋 若きピアニスト横山起朗さん 後編

去年の晩秋ワルシャワに行った際、郵便局で偶然出会った留学中のピアニスト・作曲家の若者、横山起朗(よこやまたつろう)さん。その出会いの時は数分で別れたんですが、ご縁あって再会できることになりました。そのご縁とは「書き仕事」です。私は音楽ライターで、彼は月刊ショパンにコラム「ポーランドに花束を」を連載しています。この共通点がなかったら、またお会いしていたかどうか。

ピアニストとしてワルシャワの名門ショパン音楽アカデミーに学びながら、独学で作曲や即興も探求し、そのうえ文章を書くことにも情熱を捧げているこの若者は、いったいどんな方なのでしょう。彼の音楽観やワルシャワ生活について質問したインタヴュー後編、どうぞお読みください。

オ:ピアノを始めたのはいつからですか? 弾こうと思ったきっかけは?
横:七歳です。クラシック音楽が好きでたまりませんでした。様々な作曲家から交響曲の楽章を拝借し、自分の交響曲を組み立てることが好きでした。時代背景なんかバラバラで今考えるとへんてこなものでしたが、おもしろかったですね。交響曲第一番として、第一楽章は、ハイドンの交響曲から、第二楽章はラフマニノフから、なんてやってました。それを、テープに録音して、車の中で聴く。これが最高でした。
オ:七歳・・・結構遅いですね。それで外国留学までやるんだから・・・神童か! しかしやることがいかにもリミックス世代っぽくてちょっと面白いですね。

オ:ピアノで進学したのはやっぱりプロの音楽家になりたかったからですか?
横:はい。
オ:最近は、僕らの時代にくらべて若者が希望をいだけなくなったって言われています。「音楽家じゃ食えない」とも盛んに言われていますよね。というか、まあどんな職業もそうか。とにかく、そんな時代なのに職業音楽家を目指すのはどうして?
横:自分のピアノ一本で食べようとすることが、プロなのなら、私はプロではないかもしれません。最近気がついたのですが、私は、職人のようにピアノのことだけを考えて生きるタイプではないように思います。ピアノを弾いていると、様々なことに気がつき始めます。コンサートを開くなら、こうすれば、もっとお客さんが楽しめるのではないか。或いは、私ならこの人とこの人を繋げてもっとこういうイベントにする、など思うことがあります。ピアノを弾いていて、これは文章で表現したいな、と感じるときもよくあります。ですから、ピアノ一本という感覚ではないかもしれません。
オ:そうそう、横山さんの面白いなと思うところは、そういう「ピアノ一本」というよりもっと広いところが見えている感じですね。自分も出演する音楽フェスのプロデューサーとかもいいかもしれませんね。

オ:独学で作曲を勉強しているそうですが、なぜ作曲を?
横:好き、というのが一番です。私より上手に弾くクラシックピアニストは沢山いますし、そこには、決定的な感覚の差異があります。そこに気がつく瞬間が、誰にでもある気がします。それでも、一本道を進んでいくか、少し道をそれて、自分なりの道を見つけるか、どちらが自分にとって良いのかを少し離れたところから見る必要が、時にはあるように思います。その結果、私の場合は、後者でした。自分の音楽を創造し、演奏したい、と思うようになりました。
オ:横山さんとはレベルの違う話なのですが、僕も大学時代のジャズ研時代から目の前に立ちはだかる先輩ベーシストがいて、演奏そのものでは全く勝負にならなかったので、それで自分なりの道を、と考えて作曲の方に力を入れ始めたんですよ。あと、純粋に作曲するミュージシャンに憧れていたのもあったし。そんなこんなで、横山さんには勝手に共感しちゃいますね(笑)。

オ:好きな作曲家は?
横:小さい頃、ヴィヴァルディの四季を一番最初に買ってもらい、それからよく聴いていました。バッハ、ショパン、サティ、モンポウも好きです。キース・ジャレットの即興演奏にはやられました。最近では、ジャン・フィリップ・コラード・ネイヴァン、ニルス・フラーム、ダスティン・オハロラン、チリー・ゴンザレスなど、モダンクラシカルと呼ばれるジャンルの音楽家に興味があります。彼らの音楽は、イージーリスニングでもクラシックでもジャズでもありません。ただ、私が思うに、これらの音楽は、ソファーのような親しみをもって私たちに接してくれます。これからもっと注目されるであろうと、確信しています。

オ:おお、さすがいろいろ聴いてますね!やっぱりニルス・フラームやチリー・ゴンザレスは要注目なんですね~。そんな横山さんは、練習はどんな感じなのでしょうか。特に留学する前の練習が知りたいですね。
横:留学する前はやはり六時間とかそれ以上は練習していました。ただ、クラシックから少し離れていましたので、そのブランクを埋めることで必死でした。プランというものは特にないのですが、最初に自分の曲を弾きます。それから即興を三十分程。そして、クラシックの練習にうつります。私は片手の練習から始めることが多いです。

オ:プロとして独立したら、どんな活動をしたいですか?
横:音楽家としては、もっと沢山の人に私の曲とピアノを聴いて貰いたいですね。悪い曲じゃないと思うんですけどね(笑)。CM音楽にも興味があります。15秒の中で紡ぐ音楽、これはおもしろいと思います。それから、クラシック音楽の世界をもっと沢山の人に聴いて頂ける環境をつくりたいですね。良い演奏家でも、なかなか食べていけていません。もっと彼らに仕事が届くように、需要を増やしていく活動もしていきたいです。

オ:なんか、すごいですよね。僕は、自分より若い人が業界のシステム作りについていろいろ考えているのを知ると、感動してしまうんですよ。周りにそういう人が何人かいます。横山さんもそうなんですよね。あと、CM音楽にも興味があるというのは、新垣隆さんとか、新垣さんの恩師の中川俊郎さんとかにも通ずる感覚かも知れません。僕はぜひ横山さんの作曲したCM音楽を聴いてみたいです。関係者で興味ある方は、彼にオファーしてみるのもいかがでしょう。

オ:ところで、横山さんは自分はどんなタイプのピアニストだと思っていますか? また、どういう演奏が理想ですか?
横:私のピアノは静かなものだと思います。フォルテの音をあまり好みません。フォルテと呼ばれる音は、どれだけ美しい音であっても、時々、疲れてしまいます。この世で最も美しい音は、静寂ではないかと思います。でも、それだけでは人は満足出来ません。私もそうです。だから、静寂への敬意をもった音楽でいたいと思っています。
オ:静寂について触れる音楽家は多いですよね。有名なのはブラジルのカエターノ・ヴェローゾの「沈黙よりも雄弁なのはジョアン(・ジルベルト)だけだ」ですかね。即興もお好きなんですよね?
横:そうですね。即興演奏も好きです。奏でた瞬間に、消えていくっていうのがいいですね。
オ:さて、そんな横山さんはSoundcloudに演奏と作曲をアップしています。個人的には、マイ・オール・タイム・ベストのひとつ、フェビアン・レザ・パネ『Sweet Radiance 甘美な光輝』なんかに近いかなあと。やわらかい響きと陽だまりのような旋律が印象的です。みなさん、ぜひ聴いてください。
https://soundcloud.com/tatsuroy2089

オ:さて、今度はワルシャワでの留学生活について訊いてみましょう! どうして留学先をワルシャワにしたんですか?
横:人があまり行かないところに行きたいという想いがありました。ショパンの音楽は最初は装飾が多すぎて苦手だったのですが、研修の折、ワルシャワに滞在していたときに、その考えが変わっていきました。日本にいる時は、どうしてもショパンの音楽の美しさばかりに気をとられがちで、そこにある哀しみをうまく読み取ることが出来ませんでした。みんな、ショパンは美しい、とばかり言っていました。もちろん、私もその一人でした。ただ、彼の過ごした街やポーランドという国の歴史を紐解きますと、何だか美しさの中に秘められたものが、分かったような気がしました。あくまでも、分かったような気がしているだけですが(笑)

オ:ワルシャワでの音楽学習はどんな感じですか。何か目立って日本のそれと違うところってあります?
横:学校内は日本の音大とさほど変化は無い気がします。ただみんな楽しんで音楽を学んでいるように見えます。レッスンでは、今、ピアノの奏法をしっかり学んでいます。これまでもピアノの弾き方は様々な先生に学んできましたが、今の教授の奏法が私は一番好きです。私はよくフレーズを歌う際、腕を使いすぎて振り回すようにピアノを弾いていました。「水泳みたいに弾かないの」と今の教授から叱責を受けました。今、学んでいる弾き方は、とても私にとっては良いです。自分の曲を弾くときにもいかせますし、何より力を入れずに楽に弾けるようになってきました。あまり日本では、奏法として弾き方を教えてくれるレッスンはなかったように、私は思います。

オ:専任の先生は、どんな先生ですか?
横:イェジ・ロマニゥク Jerzy Romaniuk教授に師事しています。優しくて温かい先生です。物わかりの悪い私ですが、丁寧に分かるまでいつも教えてくださいます。
オ:そういえば、先日東京JAZZで横山さんと一緒にアンナ・マリア・ヨペク Anna Maria Jopekに会った時、彼女もロマニゥク先生に習ったと言ってましたね。

オ:ポーランド語も英語もそこそこで、勉強中とのことですが、ワルシャワでどうやって音楽を学んでいるのですか? コミュニケーションが大変じゃないですか?
横:教授のレッスンは英語で受けてます。アシスタントの先生は、ポーランド語のみなので、大変です。辞書はかかせません。
オ:アシスタントの先生もいるんですね。ポーランド語はどんな風にして勉強しているんですか?
横:個人で教わったり、学校で学んだりしています。
オ:ポーランド語ってなかなか難しくて、僕もいまだに全然上達しないんですが、横山さんが「難しいなあ」って感じた例を教えてください。
横:状況によって人の名前が変わります。マルタ Martaだったのが「マルタのもの」と言いたいときは、マルティ Martyとなったり(笑)
オ:そうそう。あれ、なんでやねんって思いますよね(苦笑)。なんか前置詞つけて、マルタはそのままでええやん!って勉強しながらいつも突っ込んでます。

オ:ところで、ポーランドと言えば最近「料理」が話題を集めるコンテンツになり始めているんですが、ポーランドの料理やお酒は美味しいですか?
横:ピエロギが好きですね。これとビールがよく合います。ポーランドではワインはとれませんでしたが、ビールは沢山の種類があります。安いので私もよく水代わりに飲んでました。ウォッカも良いですね。最後に一杯飲むとよく効きます。フルーツ味のウォッカもありまして、よく女友達が飲んでました。
オ:ピエロギ、いいですねー。ポーランドの水餃子。ビールも水より安いですよね。僕もポーランド滞在中、毎日飲んでました(笑)

オ:ワルシャワではどんな部屋に住んでいますか? アパート? 下宿? 自炊はしていますか?
横:アパートです。自炊を一応はしてます。スープとチーズとソーセージという感じですが(笑)

オ:ポーランドで暮らしていて、日本と違って苦労したとか、逆に日本と同じだなと思ったこととかありますか。
横:とにかくよくならばされます。国営銀行などは特にそうです。皆文句を言ってますが、なんだかんだできちんと待ちます。後は、電車の運転が激しくてちょっと危ないです。日本と同じなのは、真面目な人が多いというとこでしょうか。後、少しシャイな人が多いように思います。 

オ:横山さんから見たポーランド人って、どんなイメージですか。
横:ちょっと人見知りのような気がします。でも、話すようになると、みんなよく話、よく飲みます。そして、政治の話が結構好きな人が多いです。日本のように構えて話すという訳ではなく、好きな食べ物の話でもするように気楽に話します。
オ:そうそう、シャイな人、多いですよね。個人的には、青森の人によく似ているなーと思ってて。あとは、政治の話なのかどうかわかりませんが、滞在中はよく「あんなに悲しいことがあったのに、なんで原発再稼働なの?」って訊かれました。

オ:ポーランドの音楽について、ジャンルに限らず、何か印象はありますか。
横:ヒップホップが結構人気あるように感じました。それも洒落たものではなく、土臭いくらいがカッコいいらしいです。あとは、ディスコポロといってポーランドのダンスミュージックも時々聴こえてきます。友人たちは、田舎臭いといって嫌がってますが、なかなかおもしろいです。
オ:土臭いくらいがカッコいいって、結構新鮮な感じですね。ポーランドは民俗音楽と最先端のミクスチャーが盛んなので、リスナーの方もそういうセンスになるんですかねえ。

オ:さて、来年日本とポーランドの直通便が就航することで、今後ますます両国の関係は深まっていくと思います。もし、両国の架け橋として何かやれるとしたら、何がしたいと思いますか?
横:沢山の日本の人に、ポーランドを知ってもらいたいですね。今、具体的にどうすれば良いのか、考えているところです。

オ:これからポーランドに旅する日本人観光客に対して、ポーランドのオススメしたいところなどあれば教えてください。
横:やはり、歴史地区には行って頂きたいですね。一度、この地区は壊滅状態になったのですが、当時の美大生や市民達の力でひびにいたるまで、再建出来たと言われています。街並の美しさと人々の想いに言葉を失います。

オ:横山さん、忙しいところ、本当にありがとうございます。音楽も文章も、新しい才能の登場に僕はとても期待しています。これからの音楽についても、ポーランドと日本の関係についても、一緒に盛り上げて行きましょう!じゃあ、最後に何か読者のみなさんに一言!

横:これからも沢山書いて、沢山曲を作って、沢山ピアノを弾いていくつもりです。なので、沢山の人にこの記事を読んで聴いて頂けると嬉しいです。月刊ショパンにてエッセイ「ポーランドに花束を」を寄稿しています。そちらも読んで頂けると嬉しいです。お付き合いいただき、ありがとうございました!

というわけで、礼儀正しく、嫌みのない感じのイケメン(証言あり)で、しかも音楽や文章の才能も持っている横山起朗さん、これから要注目の若者です。彼に書き物や作曲、演奏のオーダーしたい方はご連絡ください!仲介します。未来ある若者にチャンスをぜひ。よろしくお願いします。

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