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短編) 俺の危険な感情移入 ②

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兄貴は何やってんだか。

オレの兄は都内在住で個人事務所のフリーライターとして独立している。

「鬱になった。縛られるのは嫌い」などと、努力して入社した出版社を辞めて、でもまたモノを書く仕事に就いた。

オレは大阪にいて、普通のサラリーマン。
元々は横浜で生まれ育ち、就職を機に兄弟が離れた。

血が繋がる兄弟だと感じるのは、
オレは仕事の傍ら小説を書き、友達とバンドを組んでいる。クリエイター気質なんだと思う。
何かを創りたい共通点がある。

オレ達は時々こうして連絡を取り合い、近況を知らせる。兄貴は、
「お前は物書きになりたいなら、文章で知らせろ」
電話かSNSが早いのに、文章を書く訓練にならないとメールが多い。

兄貴は昔から好奇心旺盛なタイプで、そこも兄弟よく似ている。面白い出来事を見つける天才で、兄嫁は変わり者。

しかし、今日のメールは面白いというよりシビアでセンチメンタルにも感じる。



兄貴へ。

トマオのネーミングセンスで吹いたわ。
本当は
「wwwwwww」と書きたいところだが、
兄貴は大草原が苦手やろ?
わざわざカッコ書きにしてみたわ。

どうして笑ったか?
だって、イメージしやすいやんか。

兄貴の洞察力は99%正しいと思う。
トマオ、未練タラタラと執着心モヤモヤだろうね。
危害のないストーカーなんだろうけど、切ない。

ケバい女を『ケバ子』と呼ぶわ。

ケバ子はなんか事情があって、
トマオに黙っていなくなったんやろな。

もうケバ子に想いが伝わらない、切ない片思い。
うわぁ、オレ、小説にしたくなったわ。

兄貴は応援派か。
オレはそういう見方ができなくて、トマオが健気でもね。
執着心が強いヤツはどこか壊れとるやんか。
普通、友達に黙って引っ越すやら、そういうのないじゃん? 怪しいな、トマオ。

トマオにしてみりゃ、
「あの日、みんなで楽しく過ごしたコンビニタイム(全員: コンビニタイム)」
「ケバ子愛が忘れられない(全員:忘れられない)」

それは確実で決定よ。

あとは、トマオがケバ子に大金を貸して、
それを返して欲しいとか。

どちらにせよ、オレは「怖い」一択や。

おかしいわ、男女3〜4人グループで
残りの男性がトマオと一緒にいないとか、
トマオにだけケバ子の行方を教えないとか。

兄貴の話を読んだ全般、何かおかしいやろ?
兄貴は様子を見てるから同情心や共感があると思う。
そもそもうちら、感受性が強いもんな。

兄貴の話を読んでオレの主観でいうと、
トマオは空気が読めないタイプ。
ケバ子は人を翻弄するタイプ。
トマオとケバ子はヤッてんなぁ、これ。
ケバ子は誰でもいいからヤレる女。

普通なら、ケバ子が居なくなったら、
諦めて趣味や遊びをするけど、
ケバ子の寝技が忘れられないトマオかな。
夜中や明け方にいるって、もうヤバいの確定や。

オレの分析だと、トマオは会話が噛み合わないタイプだと思う。
一人語りするし会話のキャッチボールができない。
まあ、沈黙が無理な男やろな。

ケバ子は陽キャだから、そういうコミュニケーションができない男が苦手かね。

支配力が強い人(ケバ子)は、依存(トマオ)されやすいよな。引力が働いてんのかね?
…と、理生さんの妄想はここまで。

ストーカーしやすい人は高確率で空気読めない、
オレの見聞ではね。
兄貴、誰かを一途に思うのとストーカーは別物よ。
要注意人物じゃねぇか。

兄貴はトマオに同情しても話しかけて、友達になっちゃあかんで。
今度は兄貴に依存するよ。

オレにも人が恋して、待つ気持ちは分かるよ。

だけど、良い恋は自己研鑽に励むもんよ?
何らかの形で自分を磨くわ。

だけど悪い恋は、相手がどんなに善人でも、
自分の方が自己破滅に向かう。
自分を磨こうとしないな、アイツら。

トマオ、好きになった人が他の女子なら、
今頃もっといい男になっていたよ。

オレ、他人のことには厳しいわ。

結論:
ケバ子が兄貴に目をつけなくて良かったわ。
それだけよ。



都内のコンビニにはラムネが売っているのか。

大阪なら、スーパー『玉出』かドンキにありそうだが、トマオがラムネを飲んだからとオレまで飲みたい気分にならないな。

オレは兄貴が賢い人だと分かっていても、好奇心でトマオに近づくんじゃないかとハラハラする。
いくら恋する人に感情移入しても、ヤバいヤツなら観察なんてせず避けるだろうに。

この程度で東京に行くのは大袈裟だが、たまにオレが兄貴の側についてやらないといけないんじゃないかと思う場面がある。

兄嫁はしっかりした人だが、兄貴には全面的に肯定する人で、最後の砦に兄嫁降臨という満身創痍の兄貴を「もっと早くに救ってやれ」と言いたくなった過去がある。

トマオとケバ子か。30代は若いと思った端から、
オレも去年までは30代だったんだと思い直す。

どういう人間関係なんだろうか。

兄貴はトマオがケバ子の客に見えないと書いていたが、ケバ子の客がトマオで、ケバ子を囲んで談笑していたのを目撃していたのが、兄貴。

ストーカーがあっても単純にそんな風に思うのだが、違うのかな。

兄貴は解決できる立場じゃない。

何もしてやれないから暇つぶしのエンターテイメントとして観察しているのか。
まぁ、目立つ変わった人達を人は見てないようでしっかり洞察しているもんだから。