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伊丹十三の映画が観られる!!(その2)〜“ラーメン・ウェスタン“「タンポポ」

「お葬式」(過去の記事はこちら)に続いて、伊丹十三は“食“をテーマにした映画を世に送り出す。

人間は生まれてから、ずっと“食“と付き合う。多くの人は、“食“にこだわる。単に空腹を満たすだけではなく、美味しさの追求、健康のための食事、老化防止、意中の相手を射止めるためのレストラン。また、ネットの発達も手伝い、今や国境を超えた動きが加速している。そして、食べられなくなると、「お葬式」が近づいてくる。そんな重要な“食“を描いた映画が、1985年の第2作「タンポポ」である。

この映画は、“ラーメン・ウェスタン“と称された。ラーメン西部劇である。映画のオープニング、三人の主役の名前が画面に登場する。<山崎努 宮本信子 役所広司>、バックには西部劇風の音楽、トラックを走らせるゴロー、続いて画面には<in>、そして<伊丹十三監督作品>、<タンポポ>と続く。まさしく西部劇の幕開けである。

シングル・マザーのタンポポ(宮本信子)が営むラーメン店。柄の悪い輩が出入りする上に、ラーメン店としてのクオリティもイマイチ。そんな店に偶然訪れたトラック運転手のゴロー(山崎努)と相棒のガン(渡辺徹ー若い!)。タンポポに頼まれ、この店の立て直しに人肌脱ぐことに。これは、映画「シェーン」の構造である。つまり、山崎努はシェーンである。

このラーメン店の再生、それに伴って描かれるラーメンへのこだわりが、この映画の軸だ。 オープニングに続いて、大友柳太朗(「北の国から」では、老馬を手放さない杵次を演じた)扮する老人が「ラーメンの正しい食べ方」を伝授するシーン。老人はこう語る、“まず箸でラーメンの表面をならすというか、なぜるというか。こういう動作をして下さい“、“ラーメンに対する愛情の表現です“。“次に箸の先を焼豚の方に向けて下さい。この段階ではさわるだけです、箸の先で焼豚を愛おしむようにつまみ上げ、ドンブリ右上方の位置に、沈ませ加減に安置するのです“。“そしてこれが大切なところですが、この時心の中で詫びるが如くつぶやいて欲しいのです“。ー“あとでね、と“。

私はこの映画を封切時にこのシーンを見た時に、「東海林さだおだ!」とピンと来た。東海林さだおの「ショージ君の男の分別学」に書かれた、私の大好きな一篇から取られているのだ。その名前は映画の最後にクレジットされている。そして、この食べ方は、私に大きな影響を与え続けている。

さらに、この映画はラーメンに限らず、様々な“食“に関するエピソード、うんちくが登場する。また、“食“と“性“は密接に関係する。西洋絵画で牡蠣が描かれると、そこには性的な意味が込められていることがある。「タンポポ」でも、牡蠣が暗示的に登場する。

「タンポポ」は「お葬式」ほどにはヒットせず、その評価も「お葬式」に劣後するというのが公開当時の反応だったと思う。確かに、メインのストーリーとは全く無関係に、“食“に関する様々なスケッチが登場し、映画としてはとっ散らかった印象がある。

ただ、伊丹十三がやりたかったことを全てぶち込んだ感じが、私は大好きで、とても愛おしい作品である。例えば、オムライスの場面がある。チキンライスの上に、オムレツを乗せ、真ん中をナイフで切って広げる。老舗洋食店「たいめいけん」は、このスタイルのオムライスを、“タンポポオムライス(伊丹十三風)“としてメニューに載せている。また、シャンパンが登場するが、おそらくヴーヴ・クリコだろう。クリコは1987年LVMH傘下に入り、日本でもプロモーションされ有名になったが、85年当時に使っているところに、伊丹のこだわりが感じられる。

伊丹十三監督全作品をずっと観たかったのだが、とりわけ「タンポポ」の再見がトップ・プライオリティだった。正月の全作品放送、そして今月から毎月の再放送、日本映画専門チャンネル、ありがとう!!

改めて観ると、伊丹十三が描いたラーメンの世界は今や普通のものとなり、さらに進化し、世界へと羽ばたいていることに驚きを感じる。フレンチ・レストランのシーンが登場、その店ではパリの高級老舗レストラン「タイユヴァン」(33年間ミシュランの三ツ星を保持した)の名物料理をメニューに載せている。(こういう固有名詞を、ストーリーとは直接関係なく入れ込んでいるのが楽しい)ミシュランが日本に進出し、「タイユヴァン」と同じように星付きのラーメン店が登場してようとは、伊丹十三も想像していなかったであろう。

そう考えると、「タンポポ」は時代を相当先取りした、伊丹十三の先見性を見事に表した映画のようにも思う。

1月21日、日本映画専門チャンネルでは、「お葬式」「タンポポ」を放送する




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