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手の中の音楽35〜ビーチ・ボーイズ「サーフズ・アップ」は切なく美しい

先日書いたビーチ・ボーイズ(The Beach Boys)の「Endless Summer」(1974年)は、1965年つまり彼らの代表作「ペット・サウンズ」(1966年)までの作品を集めたベスト盤。ビーチ・ボーイズが“ビーチ“を歌っていた頃の楽曲集である。

村上春樹の表現を借りれば、<陽光と大波と、金髪の美女とスポーツカーについてのスーパーイノセントな歌>(「意味がなければスイングはない」、以下同)である。

村上春樹も、私も、多くの人たちも<南カリフォルニア神話のアイコン>による音楽を熱心に聴いたのだが、ビーチ・ボーイスのそうした時代は、<長いキャリアの最初の、ほんの数年間に過ぎない>のだった。

1960年代後半は、ビーチ・ボーイズの中心人物、ブライアン・ウィルソンの体調が悪化、「ペット・サウンズ」が全米チャート10位、全英2位を獲得した後、レコードの売り上げは下降、1970年に出した「サンフラワー」は全米151位と売上が低迷、ブライアンのメンタルにさらなるダメージを与えた。

そして翌1971年に登場したのが「サーフズ・アップ(Surfs' Up)」だった。このアルバム、私はポスト「ペット・サウンズ」で、大好きな作品の一つである。

実は、このアルバムを聴くきっかけになったのが、2005年に上梓された前述の村上春樹の音楽エッセイ集だった。これまた、遅れてきた私であった。

このエッセイ集で、村上はブライアン・ウィルソンを取り上げており、そこで言及しているのが「サンフラワー」と「サーフズ・アップ」である。

「サーフズ・アップ」、まずブライアン以外が提供した楽曲が良い。第1曲はマイク・ラブ/アル・ジャーディンの“Don't Go Near the Water“という、海や川の汚染問題を歌う。内容は<南カリフォルニア神話>とはまるっきり違う。ただし、調子はラブであり、“ビーチボーイズ的“で楽しい。

A面4曲目、ブルース・ジョンストンが自作を歌う“Disney Girls (1957)“は、美しい名曲である。古き良き時代と現実を対比する作品でもある。

そしてアルバムB面は、ブライアン・ウィルソンの素晴らしい2曲で〆られる。<圧倒的なまでに美しい曲「ティル・アイ・ダイ(Till I Die)」>。村上春樹は、訳詩を掲載している。

<僕は海に浮かぶコルクだ。 荒れ狂う海を運ばれている・・・・。 僕は強い風に吹かれる葉っぱだ。 すぐにどこかに吹き飛ばされてしまうだろう。>

ブライアンの気持ちが心に突き刺さる。

そしてラストが、ブライアンとヴァン・ダイク・パークスによる表題作“Surf's Up“である。

単純化などとてもできない詩が続き、最後に“Child“という言葉が何度も登場する。これもなんだか切ない。

ブライアンとその父親の関係、とても複雑なものだった

“A child is the father of the man“ とブライアン・ウィルソンは歌った。切なく美しい「サーフズ・アップ」はこうして幕を閉じる

*アルバム・ジャケットは、John Earle Fraser作の彫刻、“End of the Trail“を基にしたアートワーク。馬上の疲れ果てたネイティブ・アメリカンを表現している


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