\あなたの「好き」をぶつけてください/おらゑもんさん編 「サル」が好きすぎて 第1回:動物園が救ってくれた。
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\あなたの「好き」をぶつけてください/おらゑもんさん編 「サル」が好きすぎて 第1回:動物園が救ってくれた。

なかむらしょうこa.k.a.本屋しゃんの眼鏡越し。
人生は一度きり。
そう、一度きり。
だから、
たくさんの人と知り合いたいし、たくさんの場所に行きたいし、たくさんの本を読みたいし、いろんな食べものを口にしてみたいし、知らないスポーツに挑戦したいし、聴いたことの無い音楽に耳をすませたいし、似合わないはずのファッションにも挑戦したいし……と、なんとまあ欲が多い。

知らない世界をどんどん知りたい! と、日々、動くものの、やはり自分の興味関心、趣味嗜好の枠内からはみ出すのは難しい。

そこで、みなさんの「好き」を「好きなんじゃー」とぶつけていただこうと思い、「bosyu」を通じて、「好き」を募りました。

今回、届いた「好き」は「サル」です。
「好き」をくださったのは、おらゑもんさん。
ありがとうございます!!

おらゑもんさんは、「好き」が高じて動物園へ足を運ぶのが趣味となり、今では、『霊長類フリーマガジン』と題したZINEを発行するまでに「サル」への愛が深まっているとか。

わたしも、実はゴリラが好きです。千葉市動物公園にいるニシローランドゴリラのローラさんが、特に。だけど、わたしはなんでゴリラが好きなんだろう。バナナが好きだから? そう、真剣にゴリラについて考えたことがないことに気づきました。ここは、いっちょ、おらゑもんさんから「サル」への「好き」をとことん伺って、わたしも心惹かれる「サル」たちの魅力を考えたい! と思いました。

よ〜〜〜し、今回の「好き」も楽しむぞ。
レッツ、猿ジョイ(エンジョイって呼んでくださいね笑)


ところで、わたしも霊長類なんだよな、と、ハッとする。



はじめましての1回目は、おらゑもんさんと「動物園」との思い出を伺いながら、「サル」との出会いについてお話いただきました。

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(↑画像元:写真AC)

ニシローランドゴリラ・ブルブルのお話ではじめまして。

なかむら「こんにちは!この度は、おらゑもんさんの好きをぶつけていただきありがとうございます。わたしの周りには動物好きな友人はたくさんいるけれど、サルが好き! という人はなかなかいないなあ」

おらゑもんさん「なかむらさん、こんにちは。おらゑもんと申します。わたしは『サル』に魅せられ続けています。好き! が高じて約4年前から動物園へ足を運ぶのが趣味となったほか、昨年は『霊長類フリーマガジン』を制作し、今年も続編に取り組んでいます!」

(実は、なかむらは以前より、おらゑもんさんのtwitterを追いかけて、尊敬していたので、今回おらゑもんさんから「好き」をいただいたのがとっても光栄で、光栄で(感涙))

なかむら「存じております! じ、実は、おらゑもんさんのツイートをいつも拝見して、おお〜〜サル愛が深くてとっても素敵な方がいらっしゃる!! と感動していました。そんな、おらゑもんさんから、メッセージをいただけるなんて夢にも思っておらず、とっても嬉しいのです(赤面)。

好きからはじまった活動、本当にすばらしいし、尊敬します。

わたしもサルには興味関心があり、とりわけ千葉市動物公園のニシローランドゴリラのローラが気になって仕方ありません。ヒトとサルの関係、進化の過程などもとても興味があります。しかし、持ち合わせている知識はまだまだ浅く、山極寿一先生の本を読んだり、動物園に行って、彼らをぼーっと見つめるくらいです」

おらゑもんさん「ありがとうございます。千葉市動物公園のローラは、とても個性的な経歴を持っているゴリラですね。わたしも好きな個体ですよ。

先ほどおっしゃっていたように、多種多様な生きものの中で、なぜ、『霊長類』に魅せられてきたのか。なんででしょうね笑。

わたしは巡り合わせもあり、自分でも不思議なくらい知りたいという思いに駆られるようになって、この4年間霊長類の探求に大きな熱量を向けてきました。

霊長類の民俗学を幅広く研究していた故・廣瀬鎭先生に『猿と日本人』(第一書房,1989)という著作があります。この本に曰く、「サルという生き物は動物好きの者だけのある種の特権のように、はじめからむちゃくちゃと好きになるということはないようで、むしろ最初のうちは、それほど好きでもなかったのに次第にとりこになって、やがて狂ほしいばかりに好きになるらしい」と。

わたしの霊長類に対する関心も、廣瀬先生が綴られているのと同じような推移を辿っているように感じられます」

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おらゑもんさん本棚より。『猿と日本人』(第一書房,1989)の表紙


なかむら
「おお、そうなのですね。今度じっくり、ローラのことを教えてください! そして、廣瀬先生のお言葉、とてもしっくりくるというか、気持ちがよくわかります。はじめは、所謂かっこいい動物ばかりに目がいってたもんなあ。正直、猿山とか地味だなあと思い、小さい頃はあまり興味を示していなかったかもしれません。だけど、今はローラをはじめ、サルたちが気になって仕方がない。不思議だな。おらゑもんさんとのお話を通じて、自分がサルに惹かれるワケも考えていこうと思います。

ところで、わたしは今日(2021.03.10)、国立科学博物館を訪問するため、上野に行ってきたのですが、上野動物園は休園中なのですね……普段からめちゃめちゃ動物園に通っています! というわけではないですが、なんだかシーンとしていて寂しさを覚えました。

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科博では、本来の目的ではないですが、地球館の展示「大地を駆ける生命」で、ゴリラの剥製を見てきました。剥製ってなんだか、緊張します。何故でしょうか。彼らと目があうと、どきっとします。

おらゑもんさんは、4年くらい前から動物園に通いだされ、この4年間で霊長類の探求を熱心にされてきたとのことですが、それ以前は、動物園に行ったり、動物を気にかけたりはされていなかったのですか?」

おらゑもんさん「科博に行かれたのですね! 剥製コーナー、独特の緊張感があって、わたしも長く滞在したことが何度があります。出来ることなら早く動物園にも自由に行ける世の中になって欲しいところですが……(;_;)

科博に展示されている剥製のゴリラは長く上野動物園で暮らした『ブルブル』ですね。安易に擬人化することは慎みたいのですが、剥製のブルブルと対峙した時、彼はどんな生涯を送ってきたのだろう、と考えずには居られませんでした」

なかむら「それにしても……博物館では剥製として見ているけれど……彼はブルブルというのですね。そうですよね、剥製になる前は、一つの命として一つの個性として生きていたのですものね。上野動物園で暮らしていたのかあ……そう考えるととても感慨深いです。

今日は2021年3月11日。あの日から10年目です。人は亡くなると数字になる、そんなことをふと思います。何千人、何万人の命が奪われました。その何千人、何万人の中に吸い込まれてしまう。だけど、本当は一人一人、個性があって、生活があって、人生があったのになって思います。

剥製もそうだ……と今気づかされました。
博物館に展示されていると資料のひとつだけど、ブルブルだった」

おらゑもんさん「きょうはいろいろ考えてしまう日ですよね…。
ただの数字・資料として記録される存在か、『個』としての生を持った記憶されるいのちか、という観点は現代の動物園・水族館と向き合うなかでとても大切なテーマである気がします」

なかむら「資料か生を持った記憶か……。普段、動物園をエンターテイメントの場として出かけるとなかなか気づけない視点かもしれません」


動物園にハマる前夜。子どもの頃の思い出

おらゑもんさん「動物園・水族館に『ハマる』前の動物園歴をお答えしますね」

なかむら「はい! 気になります! 足繁く動物園に通われるようになった4年間の前は、どうされていたのか、動物たちとの距離感はどんな感じだったのかしら、と」

おらゑもんさん「幼い頃から比較的動物園や水族館には数多く連れて行ってもらっていた方だと思います。

豊橋総合動植物公園(のんほいパーク)や名古屋市東山動植物園、鳥羽水族館の風景と楽しかった思い出は心に焼き付いています。

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↑おらゑもんさんのアルバムより「豊橋総合動植物公園(のんほいパーク)にて」(1999)

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↑おらゑもんさんのアルバムより「名古屋市東山動植物園にて」(2001)


ただ、大学時代までは、動物園や水族館に足を運ぶことはあれど、猛烈に惹かれていたわけではありませんでした。

大学の専門も生物学ではなく、文系ど真ん中の社会学です!笑
コミュニティを巡る実践や、アイデンティティの理論を主な探求テーマにしていました。

大学を出てから動物園に足しげく通うようになり、霊長類にハマっていくまでは経緯があるのですが……」

なかむら「なるほど〜。ご両親は、動物がお好きでいらっしゃったのでしょうか」

おらゑもんさん「両親は特に熱心な動物好きではありませんでしたが、動物図鑑に熱中していた幼いわたしを見て連れて行ってくれたのだと思います。その点で感謝は尽きません」

なかむら「そうなのですね。幼少期の体験って、大人になればなるほど、自分の土台としてずっと影響しているんだなあとしみじみ感じる今日この頃です。

おらゑもんさんは、文系ど真ん中でいらっしゃったのですね! 大学で動物に関する学問を専攻されたりしていたのかなあと、勝手に想像していました。わたしも文系ど真ん中で、大学ではフランスの現代哲学を専攻していました。動物園や水族館より、美術館に足繁く通っていました。そもそも、故郷・新潟には動物園はなかったなあ」

おらゑもんさん「フランス哲学を専門にされていたのですね!
フランスといえば、先程の『個』の話の流れになりますが、サン=テグジュペリが『星の王子さま』で書いていた『なつかせること』についての記述を、動物園を歩きながら折に触れて思い出すことがあります」

※このお話は、おらゑもんさんnoteに詳しく書かれているので、ぜひ!
【園館等訪問ルポ:番外編】「複製技術時代」の動物園動物?――ヤマザキマザック美術館「木彫りどうぶつ美術館 はしもとみおの世界」(2017〜2018)
https://note.com/nostalgia_zoo/n/n5fb89550aac5

なかむら「あ、大学では隅っこでおとなしくしていましたが(笑)ここで、星の王子さまが出てくるとは。noteを拝読しました。星の王子さまのキツネのセリフ、考えさせられます。『なつく』とは、『絆を結ぶこと』、かあ。人と人が『絆』を結ぶことももしかしたら難しいのかもしれないのに、動物との間の絆はなお難しそうです……いや待てよ、動物とのコミュニケーションのほうが、直接肌を触れ合わせることが多い(?)から、絆を感じやすい、絆を結びやすいのかしら。

しかし、ここで肝心なのは、『あなたにとってのぼく。ぼくにとってのあなた』にいかにしてなるかですね。それが絆を結ぶこと。他の大勢の存在とは違う、たった一人だけの存在に。数字ではなく、生としてのあなたに、ですね」

おらゑもんさん「ゴリラやオランウータンのように動物園の限られた環境では『個』として強く訴えかける種もいますが、サルの仲間の多くはヒト同様に集団、群れの中で暮らしていて、短い滞在期間では『個』が見えづらい。
けれど、ゆっくり時間をかけて関係性をまなざしていくと、集団の中での『個性』がはっきり見えてきます。社会学、特にアイデンティティの問題にこれまで関心があったからこそ、霊長類が動物園で魅せる『社会の中の姿』に心惹かれるのかも知れません」

なかむら「そっか。人間も群れで生きてるんだったって、今、改めて気づきました。わたしは群れるのがどちらかというと苦手ですが、今日もたくさんの人に支えられて生きたんだなって。良い気づきです! ここで、社会学と霊長類が結びついてきましたね」

おらゑもんさん「そうだ。動物園での思い出というと、ずっと幼い頃訪れた日本モンキーセンターも大きな存在です。

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↑おらゑもんさんアルバムより「日本モンキーセンターにて」(1995)

まだ小さかったわたしは、併設する遊園地『日本モンキーパーク』の巨大ゴリラ像を怖がっていた思い出ばかり記憶に残っていました。20年あまり後になってこの園に強く惹かれるようになったことがすごく不思議だったけれど、この写真を見つけていろいろ自分の中で腑に落ちた気がします」

なかむら「モンキーセンターには、まだ行ったことがないのです。思い出のお写真、素敵ですね。興味を持って猿たちを見ている様子が伝わってきます。

巨大ゴリラ像への恐怖! わかるなあ。
わたしは、小さい頃、3つ下の弟が持っていたキングコングのフィギュアが怖すぎて、避けていました。やはり、子どもにとってゴリラって怖く見えるのかしら??

そんなゴリラ像の恐怖体験がありながらも、大学後になぜに、動物園へ通うようになったのでしょう? トラウマにはならなかったわけですね」


「ここではないどこか」で、オランウータン・ジプシーと出会った。

おらゑもんさん「本格的に働き始めてから色々あり、自分自身も周囲の気持ちも見失いかけてしまった時期があったんですね。それまで好きだった美術館に足を運んでもまったく心が動かなかった残業明けのある日曜日、これは本格的にまずいな、と気づいた。『ここではないどこか』をたましいが求めていた。
その時、動物園のことをふたたび思い出し、ひとり京王線に乗って多摩動物公園へ向かいました。いま振り返れば、あの時期の私はヒトの営為の世界に疲れて、ヒトならぬものの世界に忘我の境地でただただ没入したかったのかも知れません」

なかむら「なるほど。自身の身辺が少しネガティブだった時期、そんな時に改めて動物園に出会ったのですね。ここではないどこか、人間ではない存在」

おらゑもんさん「なかむらさんは、どうですか? 動物園へ行ってゴリラをぼーっとながめることがある、とお話しされていましたね。
どんな時、彼ら彼女らに会いたくなりますか。また、彼らの暮らし、いとなみをまなざしながら、どんな気持ちを抱くことがありますか」

なかむら「わたしがゴリラたちに会いた〜〜〜いとなる時は、元気になりたい時、悩みが深まり過ぎてる時です。

ゴリラたちに会うと不思議と元気になれるし、頭の中が整理でいる気がするのです。なんだか、ゴリラを見ていると、彼ら/彼女らの思慮深さというか、哲学者のようなアウラが伝わってくるのですね。あと、なんだか、『何そんな悩んでんだよ。ちっちゃいことさ、そんなこと』って優しい視線を投げかけてくれている気持ちになります!!

おらゑもんさんは、その時の多摩動物公園はいかがでしたか?」

おらゑもんさん「ありがとうございます。動物たちと向き合っていると頭が空っぽになる瞬間がありますよね。あの日多摩を訪れた私もまさに、ことばを持たない動物たちの非言語的な思慮深さ、ヒトの悩みを相対化してくれるようなまなざしに心惹かれていました。

とりわけ、ボルネオオランウータンたちの闊達な動きやまっすぐなまなざしに触れ、もう少ししっかりと彼らのことを知りたいと感じました。
久々に訪問した翌週も、その次の週も、わたしの足は多摩へ向かいました。3回目の訪問の時、わたしの前にゆっくりと歩み寄り、ガラス越しにしずかで透明なまなざしを向けてくれたオランウータンがいました。

彼女こそが、多摩動物公園が開園した1958年から60年近くにわたり人々を迎えてきたオランウータン、『ジプシー』さんでした」

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↑おらゑもんさんアルバムより「在りし日のジプシーさん1」(多摩動物公園、2017)

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↑おらゑもんさんアルバムより「在りし日のジプシーさん2」(多摩動物公園、2017)

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↑おらゑもんさんアルバムより「在りし日のジプシーさん3」(多摩動物公園、2017)


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↑おらゑもんさんの本棚より。『オランウータンのジプシー』(黒鳥英俊/ポプラ社,2008)の表紙
https://www.poplar.co.jp/book/search/result/archive/4047002.html



なかむら
「そうなのです。言葉がなくとも、哲学的なあの眼差しはグッとわたしの心に突き刺さりました。

ふとした衝動で、しかもほぼ無目的に訪れた多摩動物公園、だけど、そこでジプシーさんに惹かれ、なんと毎週通うことになる! それはきっと、おらゑもんさんにとっても不思議な体験、感覚だったのではないでしょうか? その時は、ただただジプシーさんを見つめて時間を過ごされていたのでしょうか。例えば、スケッチをするとか、調べたことを確かめてみるとか……動物を鑑賞する以外の行動はありましたか」

おらゑもんさん「本当に不思議な体験、巡り合わせだったと思っています。多摩に通っていたころはオランウータンたちの暮らしぶりやひとりひとりの性格をつぶさに目で追いかけ、また豊富な展示物を通じて野生下のオランウータンを取り巻く環境について理解を深めていきました。

展示物や関連書籍から、ジプシーさんの一族が北は北海道から南は鹿児島まで、日本全国の動物園に暮らしていることも知りました。

https://note.com/nostalgia_zoo/n/n691bc2311390?magazine_key=mdd6b1c1e5263

動物や動物園・水族館に対する理解を深め、また自分自身のしんどさに折
り合いをつけていく中で、次第に動物園・水族館という場それ自体の多様性・多義性や、霊長類という種そのものへと関心はさらに深化していきました」

なかむら「なるほど。おらゑもんさんにとって、大きな気づきをもたらしてくれた、大切な存在ジプシーさんは日本の動物園にとっても、大変貴重で大切な存在なのですね。

おらゑもんさんは、ジプシーとの出会いを通じて『自分自身も周囲の気持ちも見失いかけてしまった時期』は乗り越えられましたか?」

おらゑもんさん「動物園という場の新しい受け止め方、楽しみ方に気付けたことで、凍えてかじかんでいた気持ちにふたたび火が点りました。
社会学を学んでいた頃、恩師から『家庭と職場以外の第3の場所、サードプレイスがあるということが大切なんだ』という話を聞かされていました。その後も探究を続ける中で、動物園は、わたしにとってのサードプレイスだと思えるようになりました。
知っていく楽しさを活力にすることで、本当に何も見えずに苦しんでいた時期を乗り越えられた気がします」

なかむら「動物園がサードプレイスになったのですね。すてきだなあ。『ここではないどこか』を探し求めていたら、導かれるように『どこか』に行き着くことができたのですね。新しい居場所、特別な居場所ですね。

社会学を学ばれていたからきっと『探求』することは、もともとお好きだったのでしょうか? 社会学に向けられていた探究心が動物園にベクトルが変わって、動き出したというか」

おらゑもんさん「興味を持ったことは、どんどん突き詰めたくなるタイプだったと思っています!『ヒトの社会』から、『動物たち(と、彼らを取り巻くヒト)の社会』に関心が変化していったイメージでしょうか。

探求のきっかけをくれたジプシーさんは、わたしが動物園に頻繁に足を運ぶようになってから約3ヵ月後にこの世を去りました。会えたのは非常に短い期間でした。しかし、初夏の日に向き合った思い出は忘れられません。あの一瞬があったからこそ、ここまで動物園に対し関心探究心を燃やし続けていけたんだと思っています」


動物が動物園で暮らすこと

なかむら「それにしても、ジプシーさんのお背中がなんともいえぬ哀愁と、たくましさ! 宇宙が丸ごと乗っかっているみたいです! だけど、本当は何を考えているんだろう……さみしかったりするのかな、やっぱり動物園は窮屈に感じるのかなとか、思ってしまうこともしばしば」

おらゑもんさん「非常に重要で、重たい問いかけだと受け止めています。わたしは動物園に文字通り救われたと思っているし、動物園という場がなければここまで深く霊長類への関心を燃やすことはなかったと言い切れるけれど、それでも野生動物が暮らす環境と動物園は違う、という命題からは、目を背けられない。

わたしを含め動物園やそこで暮らすいのちに強く関心を向けている人で、この問いかけに対して深く考え込んだことが一度もない、という人は、いないのではないか、と個人的には思っています。

一方で、全国の動物園や水族館に足を運ぶ中で、限られた環境のなかでも動物たちがゆたかな生活を送ることや、来園する人たちが野生動物の置かれている現状を理解していくことのために、最善を尽くそうとするスタッフの方々の工夫や努力を目の当たりにしてきました。動物園・水族館という場がいま過渡期にあって、かつてとは違う姿へと変貌しようとしていることも日本各地で確かに感じ取ってきました。

自分自身のなかでも矛盾と葛藤をはらんでいて、丁寧に解きほぐしていくことが必要なとても大きなテーマになりそうです」

なかむら「お魚の絵を描く、魚譜画家の長嶋祐成さんという方がいます。わたしは、長嶋さんの絵は、一匹一匹が宇宙みたいで吸い込まれそうになります。長嶋さんが2018年に『Days in a tank』という個展を東京・品川のギャラリー201で開催されました。閉館する水族館のお魚たちを絵にした展覧会で、動物と人間、動物と動物園、魚と水族館の関係を考えるヒントをたくさんもらうことができて、わたしもぐるぐるぐるぐると想いをめぐらせたことをよく覚えています。

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↑魚譜画家 長嶋祐成  個展 「Days In a Tank」DMより(2018年)


ぜひ、その時の長嶋さんのステイトメントをご紹介させてください。

“Days In a Tank”
ー水槽に生きた魚と、かれらを愛した人
そこに流れた時間を描きました。

小学生の頃、真夜中の海で、年老いたキチヌを釣った。
初めて「大物」と呼べる魚を手にして、何より印象に残ったのは、ゴツゴツとゆがんだ尾びれだった。

命あるものに流れた時間は、その痕跡を他のどこにもない形で体へと刻みつける。

その事実に再び打たれたのは、大人になって訪れたとある水族館でのことだった。
すり減ったひれ。老いとともに曲がった背中。あるいは、まるまると肥えて張りつめた胴。
けっして規模が大きいとは言えないその水族館で、魚たち個々の姿が生々しく物語るのは、かれらが大切に飼われてきた日々と、そこに愛を注いできた人々の思いだった。

魚と人に流れた時間−−ありったけの敬意のアンテナを伸ばして、それをつかみたい。

長嶋祐成


“Days In a Tank” ステイトメントより
http://blog.uonofu.com/solo-exhibition_oct2018/


この展覧会を拝見した時、ああ、魚たちはたしかに狭い水槽に閉じ込められているのかもしれない。だけど、そこはお魚を愛する人が集まり、日々、魚にとって最適な環境づくりに努めて、愛情を注がれているんだな! と、気付かされた時、たちまち水族館という空間が、魚と人間の接点で、命と命がぶつかっている場所で、決してネガティブなことではないのかもしれないと気づきました。

大切に育てている。もしかしたら、この気持ちも人間のエゴなのかもしれないけれど、人間の自然界への畏怖の念が存在していると思います」

おらゑもんさん「長嶋祐成さんのステイトメントを拝読して、動物園・水族館という場所が否応なしに内包している矛盾に向き合いながらも、その中に見い出せるある種の光に打たれました。

わたしのうねうねした話では上手く説明しきれていなかった感情の動き方が、長嶋さんの文章ではもっと率直に、ビビッドに表現されていますね! きっと魚たちと向き合いながら、深く深く考えられたんだろうなと感じました」

なかむら「素敵です。わたしは、まさに今、おらゑもんさんの言葉からもたっぷりたっぷり、うごめく感情をキャッチさせていただいていて、探究心をくすぐられています!」


そう、おらゑもんさんとのお話は、サルたちと動物園についての「はじめましての学び」がたくさんあるとともに、おらゑもんさんのサルへのまっすぐな想いに突き動かされて、むくむくと好奇心と探究心が湧いてきます!  第1回目からたっぷりと、お気持ちを伺うことできて嬉しいなあ。


このご縁、いや「ご猿」に感謝!



つづく。

今回は、おらゑもんさんと動物園、サルとの出会い、思い出を中心にお話していただきました。次回は、そんな出会いや思い出が、いかにして深まり、サル愛が吹き出していったのか……おらゑもんさんのサル愛をさらに掘りさげて伺います。


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(↑画像元:写真AC)


今回、お話に登場した動物園、水族館、博物館

※登場順
千葉市動物公園 https://www.city.chiba.jp/zoo/
上野動物園  https://www.tokyo-zoo.net/zoo/ueno/
国立科学博物館 https://www.kahaku.go.jp/
豊橋総合動植物公園(のんほいパーク)  https://www.nonhoi.jp/
名古屋市東山動植物園 http://www.higashiyama.city.nagoya.jp/
鳥羽水族館 https://www.aquarium.co.jp/
日本モンキーセンター https://www.j-monkey.jp/
多摩動物公園 https://www.tokyo-zoo.net/zoo/tama/


プロフィール

おらゑもん
動物園・水族館を通して見える生きものとヒトの社会の在り方に関心があり、個人的な趣味として探究しています。霊長類に特に強く惹かれています。
twitter:@weiss_zoo
note:https://note.com/nostalgia_zoo

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中村翔子(なかむら・しょうこ)
本屋しゃん/フリーランス企画家・文筆
1987年新潟生まれ。本とアートを軸にトークイベントやワークショップを企画。青山ブックセンター・青山ブックスクールでのイベント企画担当、銀座 蔦屋書店 アートコンシェルジュを経て、2019年春にフリーランス「本屋しゃん」宣言。同時に下北沢のBOOK SHOP TRAVELLERを間借りし、「本屋しゃんの本屋さん」の運営をはじめる。千葉市美術館のミュージアムショップ BATICAの選書、棚作り担当。本好きとアート好きの架け橋になりたい。バナナ好き。本屋しゃんの似顔絵とロゴはアーティスト牛木匡憲さんに描いていただきました。
https://honyashan.com/

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なかむらしょうこa.k.a.本屋しゃんの眼鏡越し。
本好きな人とアートが好きな人ってきっとつながると思うの。だから、本が好きな人に見てほしい展覧会、アートが好きな人にオススメしたい本を紹介したい。だけど、わたしは批評家でも評論家でもないから「日記」として綴ろうと思う。きっと体験の周辺も大切。あくまでも、わたしの眼鏡越しなんだけど。