【第十五夜】『スワン家のほうへ』夜話 – プルーストの処方箋
最初の数日は、やがて大好きになる曲がまだ聞きわけられないのと——
ハナは話をはじめた。◆
「このベルゴットの作品についてのところは、たっぷりと語ってるよね。コンブレーの教会について語ってるときみたいに」
「ここって誰もが読書体験を通して味わう感覚が散りばめられていて、語り手が感じている喜びや楽しみみたいなものを、読み手も共感できるところだよね」
「ここのところとか、すごくわかる!」
そのときに再認識できたのは、同じ珍しい表現への嗜好であり、同じ音楽的な心情への表出であり、同じ理想主義の哲学であり、つまるところ前に出会ったときと同じもので、そうと気づかれないまますでに私の歓びの源泉となっていたのである。
「なるほどね、誰の本を読んでそう感じたのかもわかった気がする。
ぼくはここのところかな、ミラン・クンデラの小説読んでるときとか同じように感じてた気がする」
そのようにベルゴット自身がとくとくと語る断章こそ、私たちの好みの断章だった。私などは、それを暗唱していたくらいである。作家がふたたび物語の筋をたどりだすと、がっかりした。
「物語よりも、作家が何を考えてるかのほうに興味がわくときってあるよね。
でもね、ここでベルゴットとスワンのお嬢さんとの妄想が続いてくるところだから、なんだか続きを読むのが楽しみになってきた……」
◆——そうしてハナはゆっくりとまぶたが閉じていくのを感じながら、眠りに落ちていく。
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