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吉岡里帆「故郷の桜を語る」

 春は、大好きな季節です。気持ちがまっさらになって、自然と「何かを始めよう」と思い立つからです。桜の花の美しさに惹かれて、無意識のうちに空を見上げるからでしょうか。春の華やぎは、桜からの贈り物なのだと思います。

 私が生まれ育った京都には、至る所に桜の名所があります。特に二条城のライトアップされた夜桜は素晴らしく、京都にいた頃は毎年必ず足を運んでいました。中でも心惹かれたのが牡丹桜。濃いピンク色の丸っこい花房が、夜空にポン、ポンと浮かび上がる様が可愛らしくて、他の桜にはない魅力があります。そういえば小学生の頃、校庭に咲いている牡丹桜を初めて見たとき「これも桜なんだ」と感動したことを覚えています。二条城の夜桜を見て、幼心に感じたときめきが呼び起こされたのかもしれません。

 桜が好きな私は、友達を誘って京都のいろんなお花見スポットへ出かけました。川沿いに続く桜並木、樹齢何百年にもなる老木、どれもこれも大事に手入れされていて見事です。ですが、「思い出の故郷の桜は?」と聞かれれば、名所でもなんでもない、全く無名の桜が思い浮かぶのです。そこは、どこの町にもありそうな小さな公園で、たった1本、桜の木が植えられていました。実は昨年、大好きだった祖父が他界しました。この桜は、祖父を交えて家族全員でお花見に出かけたことのある、かけがえのない木なんです。

 私の祖父は外出嫌いで、特に人混みが大嫌い。なんとか説得して家族旅行に連れ出したとしても、すぐに「帰りたい」とこぼすような人でした。ところが、私が小学4年生の春、「花見に行こう」という父の言葉に珍しく祖父も賛成して、家族みんなで出かけることになりました。多くの人で賑わうお花見スポットではなく、地元の人だけが集う静かな場所に誘ったのもよかったのかもしれません。この日の祖父は、とにかく上機嫌でした。当時小学1年生だった弟が木登りができないと知って、「昔なら、これくらい誰でも登れたんやぞ」と言いながら桜の木に登ろうとする祖父を、みんなで必死になって止めたくらいです(笑)。家族みんなでお花見に出かけたのは、後にも先にもこれ一回きり。桜といえば、この日の光景を思い出してしまうほど、私の心に鮮やかに刻まれています。

 誰の心の中にも、その人にとっての故郷の桜が根付いているものなのだと思います。私にとって一番綺麗で一番胸に残っている故郷の桜は、元気だった頃の祖父とともに見た、この名もなき桜なのです。

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吉岡里帆(よしおか りほ):1993年、京都市生まれ。女優。NHK連続テレビ小説「あさが来た」(2015年)に出演し注目を集める。おもな近作に、ドラマ「時効警察はじめました」、映画「見えない目撃者」、声の出演をした映画「空の青さを知る人よ」(すべて2019年)など。

構成=後藤友美(ファイバーネット)
イラストレーション=駿高泰子

出典:ひととき2020年4月号

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