見出し画像

なぜ新春に松と梅が欠かせないのか|花の道しるべ from 京都

華道家元・笹岡隆甫氏による、花にまつわる文化・歴史的背景をひも解く連載コラム『花の道しるべ from 京都』。第6回は、新春に欠かせない松と梅を取り上げます。京都の旧家や社寺で飾られる門松の一種「根曳きの松」のほか、床の間にいける「七五三の若松」、京都市街を一望する東山の山頂でいけた梅の花について綴っていただきました。

 わが家の正月準備は「きの松」を飾ることから始まる。根曳きの松は門松の一種だが、松竹梅をとりあわせた豪華な門松とは異なり、根がついたままの素朴な松だ。わが家では、12月28日頃、長さ50センチほどの小松の中ほどに懐紙を巻き、金銀の水引をかけて、表玄関の柱に打ちつけた釘に括り付ける。松は、二種類を取り合わせるのが習わし。黒松をかみ(向かって右手)に、赤松をしもに、とついにして飾る。黒松はまつとも呼ばれ、葉が硬く葉先を触ると痛い。一方の赤松はまつで、葉が柔らかいので葉先に触れてもチクチクしない。陰陽は表裏一体のもので、どちらが欠けてもいけない。新年には、何よりこの陰陽いんようごうが喜ばれる。

根曳きの松。手前が黒松(雄松)で、奥にあるのが赤松(雌松)

 座敷の床の間には、日の出が描かれた軸をかけ、若松をいける。七本の若松を用いるが、そのうちの一本は枝先の芽が五つ綺麗に揃ったものを選び、その芽がしっかり見えるように、松葉の先端をやや短めに整える。五つの芽は人間の五臓の象徴。生命の誕生への願いや感謝を託し、「はらごもり」と呼ぶ。また、七本のうち三本は、重要な意味を持つ役枝やくえだで、天・地・人の三才を象徴する。七本の枝を用いて、美しい五つの芽を際立たせ、天地人の三才格に調えれば、めでたい七、五、三が揃う。「七五三しめの若松」の完成だ。

七五三の若松

「根曳きの松」と「七五三の若松」。これらは、いずれも歳神としがみと呼ばれる豊作の守り神を家内に迎えるための準備である。松は常盤木ときわぎ*の中でも、特に長寿で、かつ大きく成長するため、神が宿る依代よりしろに相応しいと考えられたのだろう。山から持ち帰った松を、門柱に飾ると「門松」になり、床の間に飾れば「いけばな」となる。正月の松には、いにしえより令和の御代にいたるまで、天下泰平・家内安全を願う人々の変わらぬ願いが込められてきた。

常盤木*  松や杉のように葉が一年中緑色の常緑樹。

梅の花で祝う新春

 霜雪そうせつの中に清い香りを放って咲き、新春を祝うのに欠かせないのが梅の花。他の花にさきがけて咲くので、「百花の長兄」とも呼ばれる。昨年の年明けは、この梅の花で彩ることになった。共に環境破壊防止を呼びかける「DO YOU KYOTO? ネットワーク」の仲間たちと、いけばな×能×漆×陶芸によるコラボステージを企画したのだ。

 京都は、古典が今も息づく街だ。東山を望めば、平安時代と同じ景色が広がり、同じように日が昇る。清少納言の見た「春はあけぼの。やうやう白くなりゆく山際」を追体験できるわけだ。しかし、このまま環境破壊が進み四季の移ろいが失われれば、枕草子は現実離れした昔話になってしまう。

 東山三十六峰を背景に美しい日本文化を味わってもらうことで、「この美しい地球を次世代に残したい」という思いを共有してほしい、と私たちは考えた。しょうれんいん門跡もんぜきにご無理をお願いして、将軍塚青龍殿せいりゅうでん*の大舞台をお借りすることに。桓武天皇がこの地に登り、京都を都にすることを決めたと伝えられる由緒ある場所で、木造の大舞台からは京都市内が一望できる。

将軍塚青龍殿* 平成26年に京都東山山頂に建立された青蓮院の別院。

 1月9日の早朝、夜明け前。「夜の海」をイメージした三木けい氏の漆芸作品を敷板に用い、「雨上がりの空」を表す諏訪すわざんさんのせいの壷を合わせ、曽和そわどうさんの小鼓に合わせて、私が梅と牡丹をいけていく。漆黒の中、梅の大枝のシルエットが浮かび上がる。橋本ただ氏による「橋弁慶」の演能に合わせて、徐々に空が白んでいくという趣向だった。京都市の地球温暖化対策室およびABC朝日放送テレビのご協力を得て、当日の模様は、WEBやテレビで放映された。

京都市街を一望する眺めを背景に、将軍塚青龍殿でいけられた梅と牡丹
京都市公式 YouTube https://www.youtube.com/watch?v=2XIgnGmt7aY

 この日は寒波がおそい、マイナス6度の極寒の中、凍えながらの撮影となった。花も水も人間も凍る。水が凍ると膨張するので、器が割れないかという不安を抱えながらのステージだったが、凛とした空気の中、背筋が伸びるような厳かで緊張感のある映像ができあがった。ご覧になる方にも、馥郁ふくいくとした梅の香りが届くように、と願う。

 さあ、2022年は、どんな花との出会いがあるのだろう。今から楽しみだ。

笹岡隆甫(ささおか・りゅうほ)
華道「未生流笹岡」家元。京都ノートルダム女子大学 客員教授。大正大学 客員教授。1974年京都生まれ。京都大学工学部建築学科卒、同大学院修士課程修了。2011年11月、「未生流笹岡」三代家元継承。舞台芸術としてのいけばなの可能性を追求し、2016年にはG7伊勢志摩サミットの会場装花を担当。近著に『いけばな』(新潮新書)。
●未生流笹岡
http://www.kadou.net/

▼連載バックナンバーはこちら


この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?
気軽にクリエイターの支援と、記事のオススメができます!

今後のコンテンツ作りに活用させていただきます。

気に入ったらサポート

25

ほんのひととき

“旅がもっと面白くなる読みもの”をご提供しています。月刊誌「ひととき」の人気連載や特集の一部が読めるほか、文化や歴史をテーマとする書籍の内容、旅や季節にちなんだウェブ限定記事もお楽しみいただけます。[運営]株式会社ウェッジ ✉️honno.hitotoki@wedge.co.jp

❤😆👏

25

note ――つくる、つながる、とどける。

この記事が参加している募集

この街がすき

よろしければサポートをお願いします。今後のコンテンツ作りに使わせていただきます。