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聖徳太子とキリストの誕生場所はなぜ似ているのか?|御遠忌1400年で迫る古代史のカリスマの実像(5)

文・ウェッジ書籍編集室

今年は聖徳太子が世を去ってから1400年という節目の年にあたります(没年には諸説あり、2021~2023年が御遠忌の年にあたる)。聖徳太子と言えば、冠位十二階や憲法十七条を制定し、推古天皇の摂政として、遣隋使を派遣して大陸の文化や制度を積極的に取り入れたことで知られています。また、日本に仏教を広め、法隆寺や四天王寺などを建立した人物としても有名です。今年は1400年御遠忌の行事や法要などが各地で予定されており、奈良国立博物館と東京国立博物館では、特別展「聖徳太子と法隆寺」が開催予定。古代史のカリスマ・聖徳太子への注目が集まっています。
この連載では、駒澤大学文学部教授・瀧音能之編聖徳太子に秘められた古寺・伝説の謎(ウェッジ)から、聖徳太子の実像に迫ります。

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キリストに似ている太子の誕生譚

「マリアは忽然と現れた天使ガブリエルから、やがて神の子を生むことになると告げられ、処女のまま懐胎した。そして旅先のベツレヘムで臨月を迎え、馬小屋で男の子を生んだ」。――これはよく知られている、救世主イエス・キリストの降誕伝説です。

 イエスの降誕伝説は、厩(うまや)=馬小屋の戸のあたりで生まれたという聖徳太子の誕生譚となんとなく似ているので、両者には何か関係があるのではないか――こう考える人は多いことでしょう。

 平安時代成立の太子伝『聖徳太子伝暦(しょうとくたいしでんりゃく)』では、ある日、穴穂部間人皇女(あなほべのはしひとのみこ)の夢に金色に輝く僧侶――じつは救世観音(くせかんのん)の化身――が現れて、「お腹をお借りしたい」といって彼女の口の中に入り、これによって皇女は太子を身ごもる、という話になっています。これも天使ガブリエルの受胎告知となんとなく似ている話です。

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キリストの降誕を描いた『ベリー公のいとも豪華なる時祷書』より(15世紀)

聖徳太子=キリスト説の真相

 そもそも、救世主・救世者として人びとの信仰を集めたという点では、イエスと太子は根本的に共通する性格をもっているといえます。

 イエスと聖徳太子の類似を早くから指摘したのは、明治・大正時代に活躍した歴史学者・久米邦武(くめくにたけ/1839~1931)です。久米は『上宮(じょうぐう)太子実録』(1905年刊)のなかでこの問題に言及し、飛鳥・奈良時代に中国に渡った僧侶が、当時、西域(さいいき)をへて中国にまで伝わっていたキリスト教のことを知り、聖書のイエス伝を太子伝に付会したと考えるのは決して荒唐無稽なことではない、と指摘しています。

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久米邦武は近代日本の歴史学における先駆者として知られる

 たしかに、景教(けいきょう)と呼ばれたキリスト教ネストリウス派は、7世紀前半には中国に伝わっていたらしく、長安には教会も建立されていたようです。したがって当然、日本からの遣唐使が景教に接する機会もあったと考えられます。

 しかし、久米の見方には問題もあります。イエスが馬小屋で生まれたというのはじつは後世になって定着したイメージだからです。新約聖書(「ルカ福音書」)をよく読むと、「(宿屋に寝るスペースがなかったので)マリアは産んだ男の子を産着にくるんで飼い葉桶に寝かせた」とあるだけで、「馬小屋」は登場していません。

 イエスが生まれた時代、ベツレヘムのあたりでは人と家畜が同居するスタイルの家屋が多かったというので、マリアが仮の宿とした家もその類(たぐい)だったのかもしれません。つまり正確を期せば、イエスは「厩」で生まれたとは言えないのです。

「厩」はたんなる馬小屋ではなかった

 また、太子が誕生した「厩」に対しては「粗末な馬小屋」というイメージを抱きがちですが、これを誤解とする意見もあります。

『日本書紀』には、応神(おうじん)天皇の時代、百済(くだら)系渡来人の阿直伎(あちき)が百済の良馬を軽(かる)の坂の上につくられた厩で飼い、同時に太子の菟道稚郎子(うじのわきいらつこ)に儒教を講じたという記述があります。つまり、古い時代では、馬を飼う者は知識人であり、厩は教育の場でもあったというのです(石井公成『聖徳太子』)。

 飛鳥時代の馬小屋は、聡明な太子の誕生地にふさわしいハイソな空間だったのかもしれません。

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穴穂部間人皇女が太子を出産した場所は欽明天皇別宮であり、現在の橘寺とされる(奈良県明日香村)

――御遠忌1400年を迎える聖徳太子については、聖徳太子に秘められた古寺・伝説の謎(瀧音能之編、ウェッジ刊)の中で、写真や地図を交えながらわかりやすく解説しています。ただいま、全国主要書店とネット書店で発売中です。


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